正直ここ数年、立ち返って考えると、幸せなんだろうなぁとは感じますね
──具体的に、70曲の制作過程を知りたいんですけど、ファースト・アルバム『KAGERO』から順番に録り直して行ったんですか?
白水 : 最初にほぼ全曲分のデモを、僕が全部創り直しましたね。アレンジもテンポも元の音源に囚われないように、自分のなかで1回ゼロに戻して、構成決めて、ドラムを打ち込んで、サックスを入れて、ベースを弾き直して。ピアノ以外全部入ったデモを、ファースト・アルバムから順番に録っていきましたね。
──70曲録り直そうと思ってはじめたものの……
白水 : めっちゃ多い! (笑)。ただ、時間だけはあったからね。1日1曲やっていけば70日後には終わるかなぁみたいな感覚ですかね。その段階ではいつリリースしなきゃいけないってものでもなかったし、それくらいガッツリ長期間で向き合った方が楽しいかなぁって。
──この曲はどうしようかな、みたいに煮詰まることはなかった?
白水 : いや、全然ありましたよ。意外と、ライヴであんまやってなかった曲達の方と触れ合うのが楽しくて、逆にライヴでよくやってる子達の方がね、難しい事もあったり。特にあれかな、静かな場所からいきなり展開する曲は、昔は結構全員のアドリブの感覚とかベロシティの上げ下げだけでやってたところが多くて、けど今回それをしっかり音楽的に裏付けするのが大変だったりおもしろかったりしましたね。
──デモはここまでにしておいてあとは任せよう、みたいなことじゃなくて。
白水 : そうですね、その感覚はなかったかな。自分のなかでしっかり100%まで創り込んで、そこからメンバーに投げて、そこから各々の部分をより良くしてもらう、って感じ。自分のなかで一度完全に納得いくところまではたどり着いておきたかったですね。
──KAGEROは現体制になって10年が経つわけだけど、この10年で白水さんがやりたいことを3人に伝える方法ってだいぶ変わりました?
白水 : そうだねー、この体制でもう10年か…。多分、ずいぶん変わってきたんでしょうね。前はすべて口頭だったしね。今はかなり純度の高い正解を提示して、そこからプラスアルファを求めるようになってますね。受け止める側も最初の理解が早いし、なにより誤解されづらいというか。昔は多分そこまで自分の創るものに自信というかね、確固たるものがなかったんでしょうね。良くも悪くも。いまはより高い地点からの積み上げをメンバーに求めてるフェーズですね。
──じゃあ、バンド単位で考えると70曲を録るのはスムーズだった?
白水 : そうだね、ドラムとサックスはすごくスムーズだったね。ピアノに関しては、デモの段階ではほとんど指定してなかったんで、時間はいちばんかけましたね。逆に智恵子とのやり取りは、昔の方が結構具体的に指定してて、でもいまは抽象的に伝えてますね。風景とか色とか感覚を話して、それを智恵子がイメージして弾いて。彼女のピアニストとしての奥行きとか、弾けるピアノの幅の成長が、今回の再構築でもすごく武器になってくれて。ジャズの要素も引き出しにしっかり詰まってきたし、Tomy WealthとかATATAとか赤坂晃さん(元光GENJIメンバー)とか、いろんなところでピアノを弾いているから、どんどん広がってくれてますね。
──人として4人の関係はいかがですか。
白水 : どうだろう、優しくなってるんじゃないですか、僕が(笑)。「なんか優しいな白水、気持ち悪ぃな」って彼らも思ってるんじゃない? (笑)。昔よりずいぶん丁寧に対応してますよ(笑)。
──優しくなった理由って自分でどう思ってます?
白水 : んー、この前ilyoのドラムのカズマ(大津一真)に言われたんだけど。「NEPOを創ってから悠さん変わりましたよね。」って。まぁNEPOとかMOCMOもさ、現場に顔出すとスタッフの子たちに当たり前にしっかり気を遣うでしょ。「なんでこっちにはちゃんと気を遣うのにメンバーにはテキトーな時あるんだ?」って気づいたというか(笑)。他人と接する機会がちょっと増えたからね、メンバーにもちゃんと礼儀を払うようになったっていうか (笑)。
──なるほど(笑)。NEPOはご時世に合わせて換気のこととか、どんどんアップデートしていってるわけじゃないですか? そういうのって分けて考えてない気がするんですよ。NEPOの床に釘を打つのもKAGEROでベースを弾くのも、白水さんのなかでは、もはや同じことなんだろうなって。
白水 : ははははは(笑)。まぁどっちもクリエイティブって点ではあんまり違いはないよね。NEPOは創って本当良かったですね。毎晩いろんなアーティストの方々が最先端の音楽を鳴らしてて、まずそんな場所を創れただけでね、音楽への恩返しが少しだけできたかもしれないしね。昼間とか深夜の誰もいない時にリハしたり録音したり収録したり、「やべぇ!即興でライヴしてぇ!」ってなったら突発でライヴしたり。配信の設備もある程度しっかり整っているし、目の前は森林だしね、精神的にも安らぐよね(笑)。
──今回は、その環境をフルに使った?
白水 : そう。1年かけてじっくりコトコト、集中力保ちながらレコーディングできましたね。朝9時に来て楽器触ってレコーディングして、夕方前にスタッフが来たら「おつかれー!」って帰って家で作業するみたいな。もう最近はNEPOと家にしかいないなぁ。
──今回録り直したなかには、キーを変えたりした曲もあるんですよね?
白水 : 曲全体のキーはいじってないけど、サビとかイントロを一部変えた曲はあるね。
──“OVERDRIVE”なんかはだいぶ違った印象です。
白水 : そうだね、キーって点では“OVERDRIVE”がいちばん違うかもしれない。あと“LOVE AND HATE”かな。サックスがより強く出る音域って点での修正と、構成全体での組み立てのなかでの変更ですね。
──アルバム単位で聴いたら、『KAGERO Ⅲ』は名盤だなって思いました。
白水 : そうねぇ。あれは貴之(鈴木貴之/Dr・オリジナルメンバー)がいなくなって、るっぱさんと智恵子と3人でっていう、かなりネガティヴなところから始まった作品だけど、うん、そうだね、あの頃もしっかり歯を食いしばってやってんだなぁ、って改めて聴き直して思いましたね (笑)。けどなんか、ネガティヴな状況からのほうが力って出しやすいですよね。コロナのことなんかもそうだけどさ、頭が回転するし。上手くいってる事とか、他人の成功事例って、運とか時代とかそういう色んな要素が絡まりまくってそうなってる事が多いから、そこから学べることって中々少ないんだけど、失敗事例ってのはだいたい理由がわかるから。そっちからの方が学ぶことが多いって思ってて、だからネガティブな状況のほうが打開しやすいって感じますね。
──ネガティヴなことを打開してきたいまは、かなり幸せ度が高いのでは?
白水 : うーん、正直ここ数年、立ち返って考えると、幸せなんだろうなぁとは感じますね。やっぱり『KAGERO VI』ですね。あれが完成してから、なんかすべてが心から楽しくなりましたね。KAGEROの事も、それ以外の音楽もね。まだレコーディングしてないけど、『KAGERO VII』(7枚目のオリジナル・アルバム)が7~8割出来ていて。その残りの2~3割を仕上げる為に、今回、過去の作品と立ち返って向き合いたかった、って感覚もありましたね。