──マイアさんはどんな風に育ったんですか?

小さい頃から、いつも音楽が周りにあったんですね。当時から父のピエール(・バルー)がサラヴァ・レコードというレーベルをやっていたので、いろんなミュージシャンが家に来ていましたし。いっつも人が一杯いたんですよ、家に。今思えば、それがバーデン・パウエルだったり、リチャード・ガリアーノだったり。どちらかというと、CDよりライヴでしたね、両親が観に行くものに連れ回されて、何を観たんだか、憶えてはいないんだけれど、その感覚は残っている。

──じゃあ、あんまり自分でCDを買ったりはしなかった?

いや、遅かったかもしれないけれど、自分でジャズのCDとかを買いました。チェット・ベイカーとか、ハービー・マンとか。16歳の時にフルートに出会って、それで変わりましたね。音楽家になろうって思ったのは、私はすごく遅くて、17歳くらいなんですよ。それまでは、良い音楽が当たり前のように周りにあり過ぎて、自分がやらないとか、やりたいとか、感じてなかったんです。

──でも、マイアさんってお父さんよりミュージシャンっぽいですよね。

ピエールは音楽家というより詩人ですね。私は最初は楽器の人をめざしていたから、音楽の聞き方もミュージシャンっぽいと思います。フルートをやっていて、人と共演することの楽しさを知って、それから歌を歌いたくなって、だんだん歌にシフトしてきて、今があるんです。

──マイアさんの音楽には、世界中のいろんな音楽が混じり合っていますよね。今はどんな風に音楽を聞いていますか?


音楽が好きなんで、自分がやるだけでは満足はしないんですね。だから、CDもいろいろ聞きますし、ライヴを観に行くのも好きですね。あと、音楽マニアのおじさんとかが、これをマイアに聞かせたいって、いろいろ持ってくるんですよ。ジプシーものとか、ヨーロッパの変なバンドとか。そういうのを聞いたりしています。

──今回、「ongaku」をCD発売に先駆けて、HQDでリリースした訳ですけれど、高音質配信についてはどう思いますか?

自分では配信で音楽を買うことってなかったんですけれど、でも、CDでは届けられないところに届けられる可能性があるなって思いますね。音はちょっと聞いただけでも、違いが分かりますよね。私はオーディオのこととかはよく分からないんですけれど、レコーディングしたばかりなんで、その感覚が残っているじゃないですか。でも、CDにするまでに、こんな幅があったのがどんどん小さくなってしまいますよね。あの時の感覚を残したいと思うんですよ。

──PDX-Z10でHQDのWAVファイルをもう一度、聞いてみましょうか?

うん、この最後のパートに、奄美大島で録ってきた祭の音が入っているんですけれど、CDだともう分からないんですよ。でも、それがちゃんと聞こえますね。レコーディングって音をすっごい作り込んで、1曲1日使って、ミックスしたりするじゃないですか。あのエキサイティングな瞬間をそのまま伝えられたらいいですよね。ちょっとでも臨場感があるように、近くでやっているように聞こえたらいいなって、それは凄い大事なことだと思います。

──最後に、マイアさんにとって、「音楽」って何ですか?

飽きることのない恋人って言ってるんですけれど、常にわくわくさせてくれる存在というか。あと、作る側としては一方的な表現ではなくて、聞く人の想像力をどれだけかきたてることができるか、それをいつも考えています。


インタヴュー/構成 高橋健太郎
写真 丹下仁


東京に生まれ、パリに育つ。父はピエール・バルー。母は江戸っ子。十代後半にフルート、ギター、ピアノやパーカッション等を演奏するようになり、18 才で東京に戻った後、本格的に歌い始める。 2007年には坂本龍一のレーベル「commmons」からリリースされたオムニバス・アルバム「にほんのうた」に参加。エレキベースのAbu、パーカションの駒澤れおとのトリオ編成のバンドでのライヴ活動が話題を呼び、2009年には代官山UNITでのレギュラー・イヴェントを成功させる。2010年1月、シアター・ブルックの佐藤タイジをゲストに迎えた6曲入りのアルバム「地球をとってよ!」が発売予定。