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2023/01/19 12:00

 

もがき苦しむ姿に宿る生の美しさ~浅野いにお原作、映画『零落』―試写会レポ

 

『ソラニン』や『おやすみプンプン』などを手がける漫画家・浅野いにおによる『零落』が、俳優業から監督業、ミュージシャンまで幅広く活躍する⽵中直⼈を監督に迎え、ついに映画化。2023年3月17日からの全国公開に先立ち、この度オンライン試写に参加させてもらった。

「ビッグコミックスペリオール」(小学館)にて10号に渡り連載された本作『零落』は、浅野いにおの長期連載史上初の漫画家を主人公に捉えた物語となっており、当時の感覚をありのまま投影するべく、可能な限りのフィクションを削り、自身の体験とダイレクトにリンクさせたという。

物語は、主人公・深澤薫が、8年に渡る長期連載を終えたところから始まる。人気漫画家として時の人となるも、ネットに流れる酷評や世間との価値観のずれから仕事への意欲も消沈。孤立への一途を辿る深澤は次第に風俗へとのめり込んでいき、とある女性と出会い、つかの間の幸せを得るというのが大まかなあらすじだ。

主人公・深澤薫を演じる斎藤⼯は、野暮ったいルックスに加えて陰鬱とした雰囲気を終始まとい、暗い声で細々と喋る。ひとたび怒れば簡単にリミッターが外れ、気が触れたように大声で強く責め立てた。まるで「不幸せ」を絵に描いたようなその姿は、浅野いにおが原作で描いた中年男性漫画家の姿をリアルに蘇らせたようだった。

そして深澤がのめり込む風俗嬢・ちふゆ演じる趣里は、漫画からそのまま現れたかのように、掴みどころのないミステリアスな佇まいから表情まですべてを再現してみせた。胸の内を見透かすような眼差しを大胆に切り取るカットも相まって、深澤とともに我々視聴者も「猫の目をした女性」の魅惑に堕ちてゆくだろう。

タイトルの通り、『零落』では主人公は落ちぶれていく様が生々しく描かれていく。あらゆるものに対して「どいつもこいつも」と不満と怒りをあらわにする深澤には、共感を覚えるとともに同族嫌悪に似た感情が沸き立った。それでもなお、もがき苦しみながら「本当の自分」のために生きる男の姿は、どこまでも不器用で美しく、生の心地を感じさせるものがあった。

地位や名声に群がる人、商業的なものばかりが優遇される世の中。それらを非難する声を上げるとき、我々は「本当に価値のあるものが評価されてほしい」と思う一方で、「本物を追いかける自分を評価してほしい」とどこかで願ってしまうものだ。そんな自分をわかってほしくて、わかってほしくない。そんな思いをすべてひっくるめて回収するように、エンドロールでドレスコーズ「ドレミ」が流れる。「お願いベイビー、わからないで」という歌詞が、『零落』のすべてを語るようだった。

ドレスコーズの志磨遼平は、キャストのひとりとして劇中にも登場。鬱々しい空気のなか、ユーモアを届けてくれる貴重な役どころとなっている。また、志磨のほかにも見覚えのある面々がひっそりと登場しているので、音楽ファンにはぜひ劇場でチェックしてもらいたい。

文 : 宮谷行美

 

『零落』
2023年3⽉17⽇(⾦)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
出演 : 斎藤⼯、趣⾥、MEGUMI、⼭下リオ、⼟佐和成、永積崇、信江勇、宮﨑⾹蓮
⽟城ティナ / 安達祐実
製作幹事・配給 : ⽇活 / ハピネットファントム・スタジオ
©2023浅野いにお・⼩学館/「零落」製作委員会

・『零落』オフィシャル・ウェブサイト
https://happinet-phantom.com/reiraku/

[ニュース] ドレスコーズ

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