2022/12/27 18:00

音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2022年12月)──大槻美奈『LAND』

音楽だけでなく、幅広い分野で活躍するフリーライター、高岡洋詞が選んだ作品は、大槻美奈『LAND』。大槻はピアノで弾き語りをするシンガー・ソング・ライターであり、京都を拠点に活動中。今作は約2年ぶりにリリースされる4枚目のアルバムであり、”愛を知る”をテーマに制作されたという。個性豊かな言葉選びと美しいピアノの主旋律が魅力の1枚をレビューするとともに、“大槻美奈とあわせて聴きたい”をテーマにセレクトしたプレイリストも掲載。ぜひチェックを!

大槻美奈『LAND』


文:高岡洋詞

はじめて聴いたが、これが4作目。京都府舞鶴市出身で、現在は京都と東京に拠点を置いて活動しているそうだ。すべての曲を作詞・作曲しており、アレンジャーのクレジットがある “黎明のワルツ“(清野雄翔)と “New Muse”(桑原康輔)以外はサウンド・プロダクションもおそらく自ら手がけているのだろう。

いくつかあったレビュー候補作からこのアルバムを取り上げたのは、内容がチャーミングなのはもちろんだが、実はもうひとつ理由がある。僕は彼女と同郷の出身(京都府与謝郡)なのだ。

日本海に面した京都府北部。舞鶴市は北を若狭湾、南を丹波高地に接し、西に商港、東に旧軍港を擁する人口8万人の京都府北部の中心的な町である。立派なホールがあり、東京のミュージシャンが演奏しに来ることもあるから、人口2万人の僕の故郷より文化的環境はましだと思うが、150万都市である京都市から見れば田舎なのは間違いない。

舞鶴市よりも近い宮津市出身の小谷美紗子や京丹後市出身のUNCHAINを知ったとき、「あのド田舎からこんなかっこいい音楽が!」と驚いたものだが、大槻美奈の音楽にもそれに似た感慨を抱いた(「一緒にせんといて」と言われるかもしれないが)。クールな知的洗練に、ふんわりと柔らかい実験性。なにより通じるのはどこか懐かしく温かい感触だ。

大槻美奈 4th album『LAND』【全曲試聴】
大槻美奈 4th album『LAND』【全曲試聴】

アルバムはエレクトロニカと生演奏のいいとこどりをしたような “Momo”で始まる。“黎明のワルツ” の「ワルツを踊るのは難しいことじゃない」や “New Muse” の「てっぺんで月にタッチして」のユーモラスな旋律には心が浮き立つ。リズム・チェンジや絶叫を交えた “Destroy and Rebuild” にポエトリー調のラップをフィーチャーした “猫町” と、中盤はレフトフィールド寄りに展開し、 “風街” “螺旋” のラスト2曲は一転して、しっとりしたピアノ主体の歌ものだ。彼女の心の奥に分け入るようなディープな手触りが快い。

変化に富みながらも、愛嬌のある歌声や遊び心に富んだヴォーカルと音の処理、そして1曲ごとに自問自答しながらときに思考し、ときに祈りを捧げるような歌詞に統一感があって、繰り返し聴きたくなる。純度は高いが近寄りがたさは皆無である。

歌詞はどれもおもしろく、文字で読むのと歌で聴くのとで大きく印象が違う。同郷者としてとりわけ印象的だったのが “風街” だ。「風街」といえば松本隆が描いた昭和30年代の青山~渋谷~麻布界隈が従来のイメージだが、彼女は生まれ育った山陰の港町の情景をそう呼ぶ。独創的で新鮮だが、幼少時の原風景という意味では共通性も感じられる。

けだし才人。原稿を書き終わったら過去の作品にさかのぼって聴いていこう。

大槻美奈『ハヤブサ』 Live at 新代田FEVER (2021.10.26)
大槻美奈『ハヤブサ』 Live at 新代田FEVER (2021.10.26)

大槻美奈と一緒に聴きたいアーティスト10組

日食なつこ “√1”
中村佳穂 “アイミル”
水咲加奈 “(B)President”
kiwano “シークレットチョコレート”
AATA “真夏のせい”
おかもとえみ “生活”
YeYe “L.A.”
Kitri“踊る踊る夜”
小谷美紗子 “パラダイムシフト”
UNCHAIN “Movin' My Soul”

大部分をピアノ主体の女性シンガー・ソングライターで固めてみた。日食なつこと中村佳穂は大槻の音楽を聴いた人の多くが連想すると思われ、ハイブリッドさにも通じるところがある。水咲加奈、kiwano、AATAは最近ライヴで共演していた。ブラック・ミュージック方向に膨らませておかもとえみとYeYe、京都つながりでKitri、北部に遡上して小谷美紗子とUNCHAIN。最後だけ男性、かつバンドです。

WRITER PROFILE:高岡洋詞

フリー編集者/ライター。2022年はルークトゥン(タイ東北部イサーン地方の大衆音楽)をよく聴いた。インタヴュー対象がいよいよ音楽に限らなくなってきました。

■Twitter:https://www.tapiocahiroshi.com/

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カルチャーの前線で活躍するキュレーター達が厳選した音楽をデジタル配信し、アーティストの音楽活動をサポートするサービス〈FRIENDSHIP.〉の新譜から、ライターがおすすめ作品を毎月セレクトし、レヴューするコラボ企画。過去記事も要チェック!

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