2022/12/08 18:00

高橋健太郎x山本浩司 対談連載

『音の良いロック名盤はコレだ!』 : 第6回

お題 : リンダ・ロンシュタット『Prisoner In Disguise』(1975年リリース)

オーディオ評論家、山本浩司と、音楽評論家でサウンド・エンジニア、そしてOTOTOYプロデューサーでもある高橋健太郎の対談連載、第6回。本連載では、音楽、そしてオーディオ機器にもディープに精通するふたりが、ハイレゾ(一部ロスレス)音源と最新デジタル・オーディオ環境を通して、改めて“音の良さ”をキーワードにロックの名盤を掘り下げてみようという連載です。

毎回1枚の作品をメイン・テーマに、そのアーティストの他の作品、レコーディングされたスタジオや制作したプロデューサー / エンジニア、参加ミュージシャン繋がりの作品などなど、1枚のアルバムを媒介にさまざまな楽曲を紹介していきます。今回は最新デジタル・オーディオ機器として、JBL伝統のブルーバッフルを継承しつつ、パワードかつ多彩なワイヤレス / デジタル接続にも対応したまさにオールインワンな最新機種、JBL 4305Pをフィーチャー。JBLということで、同じくアメリカは西海岸生まれの音楽を楽しもうではないかと言うことで、リンダ・ロンシュタットを中心に、1970年代USウェスト・コースト・サウンドの女性シンガーたちの「音の良い名盤」をお届けします。

本連載6枚目の音の良い“名盤”

カヴァー選曲の妙がキラリと光るシンガー

今回、進行用にふたりが用意したプレイリストはコチラ、ぜひ聴きながらお読みください

高橋 : 今回はJBLのスピーカーをお借りすることになりました。JBLといえばウェストコースト・サウンド、特に山本さんもお好きな女性歌手、リンダ・ロンシュタットを中心に話しましょう。

山本 : 今回取り上げるのはJBLのBluetooth対応ワイヤレススピーカーの4305Pです。そして今回はリンダ・ロンシュタットの数ある作品の中から、1975年のアルバム、当時の邦題『哀しみのプリズナー』こと『Prisoner In Disguise 』、そして、翌年リリースの『風にさらわれた恋』こと『Hasten Down The Wind』の2枚を中心に、周辺の女性シンガーの作品などを健太郎さんに選んでもらいました。

高橋 : 当時、大学生だったと思うけど、この2枚のリンダのアルバムはリアルタイムで買った覚えがあります。

山本 : この頃のリンダと言えば、日の出の勢い。続く1977年の『Simple Dreams』、そして翌年の『Living In The U.S.A.』は、全米ビルボード・チャートでナンバーワンになりました。今回は、その直前のアルバム2枚を健太郎さんが選ばれたと。

高橋 : リンダは、最初に出てきたときはカントリー色の強い音楽性でしたが、1970年代中頃の作品からすごく音楽的に広がりを見せました。また、いろいろなソングライターの曲を歌い始めたのがこの頃です。バックを支える人脈もおもしろくて、ピーター・アッシャーがプロデューサーとしてこの頃から全力でリンダをサポートするようになります。彼はジェイムス・テイラーを手がけていましたが、袂を分かって代わりにリンダを手がけるようになった。そして山本さんがおっしゃるようにこの後、全米ナンバーワンを獲得していくわけです。おそらくピーターとリンダ二人でどの曲を取り上げるか、考え抜いてアルバム制作するようになった時期だと思います。

山本 : リンダ自身はあまり自分で曲を書かない人で、基本的には同時代のシンガー・ソングライターの曲を歌うことが多かったですね。クラシックなポップスのスタンダードも歌いますが、この頃は取り上げる楽曲の選択が絶妙なんですよ。ほんとうにいい曲ばかり歌っている。

高橋 : 例えば『Prisoner in Disguise』にも「Tracks Of My Tears」「Heat Wave」等モータウンの曲を取り上げています。僕自身、モータウンはラジオなんかでもちろん耳に入ってきてはいましたが、意識して聴くようになったのは、このあたりのカヴァーの影響が大きいと思います。

山本 : サウンド的には録音、ミックスともにエンジニアがヴァル・ギャレイですよね。ただ、健太郎さんはリンダの1970年代末から1980年代の作品はサウンド的に、きらびやか過ぎて自分の好みではないって以前おっしゃっていた気が。

高橋 : そこは微妙なところで(笑)。全体というよりもアルバムによって好みもあってという感じですね。当時のヴァル・ギャレイはLAのサンセット・サウンド、サンセット・サウンド・ファクトリーと、このふたつのスタジオのハウス・エンジニアだったと思うんですが、そこにはAPEX社のオーラル・エキサイターというエフェクターが導入されていて、この機材を通して作られたサウンドは総じて、きらびやかだけれど、その分、低音が薄く感じられるんですよ。

山本 : そう言えば、1978年の『Living In The U.S.A.』の内ジャケットに「APEX社のオーラル・エキサイターを使いました」って書いてありますね。たしかに、比較すると『Prisoner In Disguise』『Hasten Down The Wind』の2枚はボトムの厚いサウンドで、これが『Living In The U.S.A.』になるとキラキラとした音になっていく印象もあります。僕はこのアルバム大好きですけど。

高橋 : とすると、1976年の『Hasten Down The Wind』にはオーラル・エキサイターは使ってないのかな。この後のアルバムとは音の質感がちょっと違いますよね。

山本 : まぁ使い方や頻度もあるでしょうしね。

高橋 : 1970年代も末にもなるとレコーディングのトラックス数も増えていって、それによって人工的なサウンドに向かいがちになっていきましたからね。この連載の最初に取り上げたジャクソン・ブラウンの『Late For The Sky』(1974年)がありますが、あのアルバムの雰囲気と、その後の『The Pretender』(1976年)の雰囲気は大きく違う。『The Pretender』はどちらかと言うと1970年代末以降のリンダの作品にも通じる、きらびやかなサウンドというか。

山本 : たしかにそんな感じですね。さて今回のプレイリスト、『Prisoner In Disguise 』からは「Love Is A Rose」と「Hey Mister, That‘s Me Up On The Jukebox」、「Tracks Of My Tears」、そして「The Sweetest Gift」が選ばれています。

高橋 : ヒットしたアルバムなんですけど、こうしてみるとカヴァーの選曲自体は渋いんですよね。「Hey Mister, That‘s Me Up On The Jukebox」はジェームス・テイラーの曲なんだけど、ヒット曲でも代表曲でもない。こういう渋い曲を女性が歌うところが面白い。

山本 : この選曲はピーター・アッシャーのアイディアなんでしょうね。

高橋 : 当時のLAの音楽シーンでミュージシャンから吸収したものを、全部、選曲にあてはめた感じじゃないですかね。

山本 : なるほど、バック・ミュージシャンといえば、この頃のリンダの作品で中心になっていたのがアンドリュー・ゴールド。

高橋 : 彼自体はギターだけでなく、ドラムとかキーボードもやるマルチ・プレイヤーで、『Prisoner In Disguise』でも大活躍しています。

豊かな才能を持つSSWたちとリンダの良き関係性

山本 : リンダ・ロンシュタットというと、1970年代のこの一連のアルバムでロック・シンガーとして大成功するわけですけど、1980年代に入るとネルソン・リドルと彼のオーケストラでジャズのスタンダードを歌ったり、エミルー・ハリス、ドリー・パートンとカントリー・アルバムを作ったり、オペレッタに挑戦したり。さらに1987年には彼女のルーツのひとつでもあるメキシコの音楽をスペイン語で歌ったりしています。1980年代以降、振れ幅が大きくなっていく。

高橋 : この1970年代中頃にすでにそういう感じは出ていて、このリストにも入っている「The Sweetest Gift」はエミルー・ハリスとのすばらしいデュエット。

山本 : このデュエットには聴き惚れちゃいますね。

高橋 : リンダはバック・コーラスを、他のシンガーの作品でものすごい数をやっています。コーラス・シンガーとしてものすごく上手いんです。加えて彼女は人望があって多くのシンガーと仲がよいんですよね。周りのアーティストを同時代のライバルとして捉えるんじゃなくて、セッションで何かを一緒につくりあげる感覚だったんじゃないかな。

山本 : カーラ・ボノフもリンダに曲を提供しています。

高橋 : カーラ・ボノフはもともとケニー・エドワーズとかアンドリュー・ゴールドとかリンダのバックをやっている人たちと一緒に、ブリンドルというバンドをやっていたんですよ。それもあってリンダに曲を提供していたんだと思います。今回はウェストコーストしばりだったので入れていませんが、リンダはフィービ・スノウとも仲がよかったんですよね。

山本 : リンダが?

高橋 : そう。この1975年ぐらいの時期に結構テレビでデュエットしています。そういえば今、フィービー・スノウとかビリー・ジョエルとか、当時のNYの人たちの原稿を書いていて、いろいろ調べたんですが、ビリー・ジョエルの「Just The Way You Are」って曲があるじゃないですか?

山本 : あの大ヒット曲、邦題「素顔のままで」。

高橋 : あの曲を作ったとき、まだビリーはそんなに売れていなかった。フィービーはビリーと同じくフィル・ラモーンのA&Rスタジオでアルバムを作っていた関係で、ビリーのバック・コーラスをやっています。フィービーはミリオン・セラーも出していた歌手で、すでにスターでした。で、ビリーがA&Rスタジオでレコーディンしているときに、フィービーとリンダ・ロンシュタットとスタジオに遊びにきたそうなんですよ。で、そのときに「Just The Way You Are」に関してビリーが「自分の今までの路線からすると、ちょっとポップすぎるからアルバムに入れるかどうか迷っている」とふたりに話したようで。

山本 : へえ。

高橋 : その曲をふたりが聴いて「アルバムに入れるか迷っている? 馬鹿じゃないの! 絶対売れるから入れなさい」と。それで助言通り『The Stranger』に入れたら、ビリーがスーパー・スターになってしまったという逸話があるようです。

山本 : へぇ、そうなんだ。自分の曲のよさが自分じゃわからない、そんなことがあるんですね。

[連載] Linda Ronstadt

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