2022/10/28 19:00

音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2022年10月)──Maïa Barouh『AÏDA』

Webマガジン『ANTENNA』副編集長の峯大貴が選んだ作品は、Maïa Barouh『AÏDA』。東京⽣まれ、パリ育ちのマルチ・ミュージシャン、Maïa Barouhのセカンド・フルアルバムである本作は、民謡とエレクトロを織り交ぜたり、ラップとシャンソンをミックスしたりと、実験的なサウンドが楽しめる作品だ。レビューをお届けするほか、“Maïa Barouhとあわせて聴きたい”をテーマにセレクトしたプレイリストも掲載している。ぜひチェックを!

Maïa Barouh『AÏDA』


文:峯大貴

2022年5月31日。日仏シンガー・ソング・ライター、Maïa Barouh(マイア・バルー)が代官山の〈晴れたら空に豆まいて〉で急遽来日ライヴを行うということで足を運んだ。東京生まれ、パリ育ちである彼女にとって、久しぶりの日本公演。またひとりでステージに立つことははじめてと語っていたが、ガット・ギターとフルートを操りながら、MCでは楽曲にまつわるエピソードや小気味よい観客いじりで、終始笑いが絶えなかった。

独自にアレンジされたマイアの民謡は、2021年にアイス・スケーターの高橋大輔・村元哉中ペアが彼女の“SORAN BUSHI”をグランプリ・シリーズで使用するなど度々注目を集めてきた。しかしそんなスタイルだけではなく、その快活できっぷのいい人柄が豊かな音楽たらしめていると、思い知ったライヴであった。

そしてこの度リリースされた約7年ぶりのアルバム『AÏDA』も、彼女のパーソナルな魅力を強く感じることのできる作品だ。民謡・流行歌を取り入れた楽曲は作中の半数近くを占めるが、形式を歌い継ぐような気概は感じられない。翳りのあるトラックで妖艶なアレンジを施された“TOKYO ONDO(東京音頭)”や、フランス語と日本語が混然一体となった“TAIRYO(大漁唄い込み)”、“HANAKASA(花傘音頭)”など、自身がパワーをもらったという民謡に身体を預け、そこから自分のアイデンティティを見出していくような姿勢を感じる。

Maïa Barouh - TOKYO ONDO (Officiel video)
Maïa Barouh - TOKYO ONDO (Officiel video)

この民謡への取り組みは“SORAN BUSHI”も収録されている前作『KODAMA』(2014年)から地続きではある。しかし本作は全編に渡って囁くような歌い方であり、またマイアひとりでトラック・アレンジやレコーディングを行ったこともあって、自己探求的な作品として聴くことができる。“RINGO(りんご追分)”では、音楽家であった父Pierre Barouh(ピエール・バルー)のインタヴュー音源が差し込まれており、〈私は⼼をいつも開いておくと誓った散歩者だ〉という言葉をピック・アップするところにマイアの開放的な表現者としてのルーツを感じさせる。

そしてタイトル『AÏDA』も日本とフランスのハーフであるマイア自身を表している。〈どっちかなんて選ばない二つの旗持ってたい〉と歌われる“ハーフ”が象徴だが、この「どちらかではないが、どちらでもある」という曖昧さを肯定していくさまが痛快なのだ。また“SUSHI”は海外の男性が持つアジアの女性への間違ったイメージについて触れたラップチューン。男性と女性の間に立ちはだかるマイアのメッセージは辛辣だが、冒頭には日仏合作映画である『愛のコリーダ』(1976年 / 大島渚監督)のワン・シーンをコラージュするという彼女ならではのユーモアも忍ばせている。

Maïa Barouh - HAFU (Officiel video)
Maïa Barouh - HAFU (Officiel video)

制作はロンドンの滞在期間に着手したようだが、日本でもフランスでもない土地で客観的に自身を見つめ直した時にこの『AÏDA』(=間)をテーマが自然と浮かび上がったのかもしれない。本作でのマイアの歌とフルートの音色は、規定されたものの間に存在する境界線や摩擦をしたたかに見据えながらも、混沌のなかでハツラツと舞っている。パワフルなのにどこか内省的で思わず胸に刺さる作品だ。

Maïa Barouhと一緒に聴きたいアーティスト10組

TURTLE ISLAND「越境」
民謡クルセイダーズ & Frente Cumbiero「Tora Joe/虎女さま」
元ちとせ「暁の鐘」
七尾旅人「미화(ミファ)」
優河「people」
SAMOEDO「Suiteki」
大石晴子「まつげ」
中村佳穂「Q日」
美桜 美藍「개냥이 gae-nyang-i」
RED KIMONO PROJECT「Hazy Moon~朧月夜 (feat. tea)」

日本国外を拠点としながら、自分のアイデンティティの一部にある日本を音楽に同居させることで、エリア・ジャンルなど、あらゆる境界線や定石を溶かしているMaïa Barouhの本作。一緒に聴きたい作品として彼女と逆の矢印、つまり日本からなにかしらの線引きを溶かすようなアプローチをしている楽曲を挙げた。唯一RED KIMONO PROJECTは日本の叙情歌を内外のボーカリストが英詞で歌っているコンセプト・アルバムで少し位相が異なるが、いままで受けたことのない感覚がヌルヌルと引き出されるような、言葉にならない心地よさや新鮮な発見がこの10曲には溢れている。

WRITER PROFILE:峯大貴

1991年生まれ。大阪北摂出身、東京在住。Webマガジン『ANTENNA』副編集長。 ライターとしてミュージック・マガジン、Mikiki、BRUTUSなどでも執筆。

■Twitter:https://twitter.com/mine_cism
■『ANTENNA』Webサイト:http://antenna-mag.com

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