2022/08/26 18:00

音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2022年8月)──paranoid void『travels in my universe』

「rock‘in on」などで活躍するほか、自身のブログでもレビューを執筆しているライター、s.h.i.が選んだ作品は、paranoid void『travels in my universe』。国内外で活動するインストバンド、paranoid voidのセカンド・アルバムである。5年ぶりのアルバムリリースという待望の本作は、ポストロックやビート・ミュージックなど、さまざまな要素をミックスした渾身の1枚。そんな本作のレビューをお届けするほか、“paranoid voidとあわせて聴きたい”をテーマにセレクトした楽曲を収録したプレイリストも掲載している。ぜひチェックを!

paranoid void『travels in my universe』


文:s.h.i.

大阪を拠点に国内外で活動するインストゥルメンタル・トリオ、シングル「02」から2年ぶりのリリースとなるセカンド・フル・アルバム。変拍子を多用するリズム構成や浮遊感あふれる音進行から、マスロックやジェントのようなジャンルと絡めて語られることが多いバンドだが(これは女性3人という編成からtricotが連想されるのも大きいのだろう)、本作ではむしろポストハードコア〜黎明期ポストロックや近年のUKビート・ミュージックに接近している印象で、その上で非常に高いオリジナリティを獲得している。アルバム全体の構成も素晴らしく、繰り返し聴くほどに味が増していく。自分はもう20回ほど聴き通しているが、飽きる気配は全くない。傑作だと思う。

paranoid voidは音楽的成り立ちがとても興味深いバンドで、メンバーはインタビューで「外的にはマスロックとかポストロックとか言われますが、それを目指したわけではなく、結果的にそういう風に言われるという感じです」「マスロックとかこういうジャンルは全然聴いてこなかった」と繰り返し答えている。アシッド・ジャズやR&B、ファンクやフュージョン、UKロックやパンク〜メロコアなどがメンバーの音楽的ルーツとのことで、出音から連想される類のものからは殆ど影響を受けていない模様。フュージョンとパンクを混ぜて変拍子やビート・ミュージックの手法を研究していったらたまたまマスロック的なところに到達したという感じで、似ているが成り立ちは微妙に異なり、それが代替不可能な味わいになってもいる。ある意味では車輪の再発明的な音楽性なのかもしれないが、だからこそ得られる優れた個性と強度があり、ジャンルの常識にとらわれない変化の可能性も備えている。paranoid voidが今月(8月19 日)出演したUKのArcTanGent は、プログメタルやマスロック〜ジェント、ポストロック〜ポストメタルの名バンドが集結する老舗フェスティバルで、上記のようなルーツからすれば場違いにも思えるが、出音的には違和感は全くない。実際、ライブも大盛況だったようだし、今後もこうやってどんどん支持を広げていくのではないだろうか。

paranoid void / MASAYUME (Official Music Video)
paranoid void / MASAYUME (Official Music Video)

本作の音楽性に関しては、後述の10曲を参照いただくとわかりやすいように思う。過去作のテクニカルな要素も引き継ぎつつ、音響的にもリズム構成的にも空間を活かす方向に大きくシフトしており、IDMやUKビート・ミュージックの感覚で聴ける箇所が多くなっている。ヴォーカルなしで「自分が存在するあらゆる世界」「さまざまな世界への旅」というコンセプトを描ききる構成力が素晴らしく、言葉がないことが表現力の制約を外し高めているのがよくわかる(だからこそ言語圏を超えて受け入れられる)。すっきり聴けるが実はいろんなものが不思議な配合で溶け込んでいて、見る角度を変えるたびに違った像が姿を現す。様々なジャンルの音楽ファンに聴かれてほしい、隅々まで素晴らしい作品である。

paranoid voidと一緒に聴きたいアーティスト10組

Taylor McFerrin「Postpartum」
Massive Attack「Protection」
Global Communication「7 39(Marks Birthday Retake)」
Loraine James「Self Doubt(Leaving The Club Early)」
Allan Holdsworth「Three Sheets to the Wind」
Animals As Leaders「Air Chrysalis」
Polyphia「Neurotica」
Chon「Berry Streets」
envy「Lies, and Release from Silence」
LITE, DE DE MOUSE「Samidare」

よく関連づけて語られるジャンルではないが音楽的に通じるものと、関連づけて語られるジャンルにあって傾向は似ているが味わいは異なるものを挙げた。こうやって他の音楽と聴き比べる方が掴みどころを得やすくなる作品なのではないかと思う。昨今熱い注目を集めるUK出身のビートメイカーLoraine James(Whatever The Weather名義で今年も傑作を発表)は、ハイスイノナサやtoeなど日本のマスロック〜ポストハードコアへの愛を公言している。音楽的にも納得だし、こういうところから今後の繋がりが生まれていく気もする。

WRITER PROFILE:s.h.i.

和田信一郎名義でも活動中(「rock‘in on」誌への寄稿やライナーノーツ(The Smile)担当)。今年末には編著を刊行予定。
■Twitter:https://twitter.com/meshupecialshi1
■ブログ:https://closedeyevisuals.hatenablog.com/archive

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