2022/03/30 18:00

CROSS REVIEW 3

『崩れそうな足元を隠しながら独りで立ち続けている者の道』

文 : 梶野有希

本作は、前作『FIZZY POP SYNDROME』の延長線上にある作品とのこと。前作には「コロナ禍などで経験した辛さを炭酸水で割るように薄めることができたら」といった想いが込められており、続く本作では、その炭酸が抜けてしまったあとに残る、孤独や虚無感を音像をあまり変えることなく描いたという。

たしかにサウンドメイクについて大きな変化はない。だからこそ、秋山黄色の潜在的な魅力が伝わる。たとえば、4つ打ちや3連符など親しみやすいリズムを然るべきタイミングで用いること、イントロやギター・リフから伝わるキャッチーさ。これらは全曲を通して感じることができる、彼の“らしさ“につながる要素だ。ギターロックを全面にだした疾走感のあるサウンドメイクが特徴的な秋山黄色だが、“ナイトダンサー“や”PUPA”では、これまで以上にアッパーで荒々しいメロディーラインが生きている。持ち前の良さが健在しているからこそ、秋山黄色の変わらぬ魅力を改めて明確化することができる作品に仕上がっているのだ。

かといって新鮮な要素が全くないわけではない。最初の曲“見て呉れ“は、これまであまり聴いてこなかったファルセットからはじまる。それから全体的に打ち込みの要素も増え、サンプルを多用した“Night Park”はその代表例だろう。アク“は、5拍子で刻まれており、マスロックのような緻密な構造になっている。また全収録曲に共通して言えることは、ピアノの活かし方が格段にレベルアップしているということ。これまでの楽曲はギターがまず第一線にあったが、ピアノが入ることで全体のバランスを整え、ここぞというときにギターが鳴るという構成が増えている。本作のサウンドは、これまで提示した“らしさ“は洗練される一方で、それが故に彼がみつけた小さな新境地をたくさん発見できる1枚だ。

秋山黄色 「見て呉れ」
秋山黄色 「見て呉れ」

それからこのアルバムを聴きおわって感じたことは、「大人にはならんけど 子供じゃなくなるのさ」(“白夜“)と歌っているように、大人と子供の間で揺れ動いている人へ向けたアルバムだということ。

そもそも、「何歳から大人ですよ」という明確な基準はない。だからこそ、悩むのだ。進路がどうとか、社会人になったからこうあらなきゃとか。あれこれ葛藤するけど、結局大人にはなれないことに気づいて焦燥感が生まれたりするものだ。そういう言語化しづらい漠然とした悩みや、もがいている現状に寄り添ってくれるアルバムだなんだと最初に思った。例えば、「才能なんて言葉を口にしそうな時は決まって諦める支度をしている」「天才の内訳は99%の努力と多分残りの1%も努力だ」(“ナイトダンサー“) といった歌詞は、なにかを目指しながらも孤独の渦にいる人の傷を癒すとともに、そこから立ち上がる勇気を与えてくれるひと筋の光だろう。

秋山黄色はソングライティングを通して、“ひとりじゃどうしようもないけど、ひとりでどうにかするしかない“という、空虚な感情との向き合い方を常に提示してきた。「幸福なことで日々を満たしても傷が痛むように あなたがくれた幸せは傷なんかでは消えないから」。これはファースト・アルバム『From DROP OUT』収録曲“夕暮れに映して“のワンフレーズだが、これまでの作品のなかで特に印象的だった歌詞である。本質は同じことを言っていても、捉え方と伝え方の角度次第では、痛みですら誰かの救いに変わると教えてもらったからだ。本作にも「幸福で死にたくないっていうのは この地球上で一番の不幸だね」(“白夜“)という、逆説的な表現を用いた詞がある。現状を多角的に捉えながら、孤独な現状を鼓舞するソングライティングは、秋山黄色の変わらない根幹だろう。

独りとむきあい続けた過去があったからこそ、生まれた本作。自分が体験したからこそ伝えられる想いを取りこぼすことなく、いま同じような痛みを味わっている人へ向けて歌う。目の前の葛藤と戦い続ける勇気を多くのひとに与える秋山黄色は、孤独に悩むものの味方だ。本作は、秋山黄色と同じようにいまにも崩れそうな足元を隠しながら独りで立ち続けている者の道標になる。

秋山黄色 「夕暮れに映して」
秋山黄色 「夕暮れに映して」

梶野有希

カルチャーメディア『DIGLE MAGAZINE』を経て、現在は『OTOTOY』でライター・編集。インディーからメジャーまで、邦ロックを中心に担当。


【Twitter】
https://twitter.com/ranran_bumeran

この記事の筆者
梶野 有希

1998年生まれ。誕生日は徳川家康と一緒です。カルチャーメディア『DIGLE MAGAZINE』でライター・編集を担当し、2021年1月よりOTOTOYに入社しました。インディーからメジャーまで邦ロックばかり聴いています。

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.261 長ければ長いほどいいですからね

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.261 長ければ長いほどいいですからね

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.254 三が日はサッカーボールとともに

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.254 三が日はサッカーボールとともに

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.247 小説を読む、音楽を知る

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.247 小説を読む、音楽を知る

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.239 料理をするようになったのは

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.239 料理をするようになったのは

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.227 地上で唯一出会える神様

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.227 地上で唯一出会える神様

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.220 コレクターって最高にかっこいい

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.220 コレクターって最高にかっこいい

視覚と聴覚を往来する、ヨルシカの音楽画集『幻燈』レビュー──2名の評者が魅せられた世界観とは

視覚と聴覚を往来する、ヨルシカの音楽画集『幻燈』レビュー──2名の評者が魅せられた世界観とは

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.212 仕事の境界線を超えて

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.212 仕事の境界線を超えて

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.205 映像作品を縁取る音

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.205 映像作品を縁取る音

いい曲を作ることがいいライヴへ繋がる──神はサイコロを振らないがパフォーマンスへかける想い

いい曲を作ることがいいライヴへ繋がる──神はサイコロを振らないがパフォーマンスへかける想い

TWEEDEES『World Record』を2名の評者が徹底レビュー!──メッセージ性や音質の違いに迫る

TWEEDEES『World Record』を2名の評者が徹底レビュー!──メッセージ性や音質の違いに迫る

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.197 2022年のベストライヴ10

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.197 2022年のベストライヴ10

Half time Oldが綴る世の中へのアイロニーと希望──「成長」をテーマに制作した、フル・アルバム

Half time Oldが綴る世の中へのアイロニーと希望──「成長」をテーマに制作した、フル・アルバム

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.190 男女 “ふたり” のデュエット曲

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.190 男女 “ふたり” のデュエット曲

結成10周年を迎えた、とけた電球──待望の初フル・アルバムに込めた温もりと軌跡

結成10周年を迎えた、とけた電球──待望の初フル・アルバムに込めた温もりと軌跡

TikTokで話題のドラマー、葵がアーティスト・デビュー! "青い"プロジェクトで魅せる、本当の自分

TikTokで話題のドラマー、葵がアーティスト・デビュー! "青い"プロジェクトで魅せる、本当の自分

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.184 愛犬といつか音楽を

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.184 愛犬といつか音楽を

大幅なアップデートを遂げた、神はサイコロを振らない ── 最新シングルとライヴを通じて、その理由を探

大幅なアップデートを遂げた、神はサイコロを振らない ── 最新シングルとライヴを通じて、その理由を探

願うは、愛と平和。──希望を届ける、神はサイコロを振らない〈Live Tour 2022「事象の地平線」〉ファイナル公演

願うは、愛と平和。──希望を届ける、神はサイコロを振らない〈Live Tour 2022「事象の地平線」〉ファイナル公演

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.173 2022年前半の音楽メモリー

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.173 2022年前半の音楽メモリー

新東京──ギターレスで魅せる、バンドサウンドの新たな可能性

新東京──ギターレスで魅せる、バンドサウンドの新たな可能性

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.167 音楽からあのキャラクターを

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.167 音楽からあのキャラクターを

厄介な心との向き合い方──3人の評者が秋山黄色のサード・アルバム『ONE MORE SHABON』を徹底レビュー!

厄介な心との向き合い方──3人の評者が秋山黄色のサード・アルバム『ONE MORE SHABON』を徹底レビュー!

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.159 家族の時間

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.159 家族の時間

はじまりは劣等感の肯定から──神はサイコロを振らない、未知なる日常を彩る初のフル・アルバムをリリース

はじまりは劣等感の肯定から──神はサイコロを振らない、未知なる日常を彩る初のフル・アルバムをリリース

10年間の想いを込めた初の武道館公演──“チームSHE'S”で作りあげた〈SHE’S in BUDOKAN〉ライヴレポート

10年間の想いを込めた初の武道館公演──“チームSHE'S”で作りあげた〈SHE’S in BUDOKAN〉ライヴレポート

ひとりひとりが“need you”!──緑黄色社会が受け止めるそれぞれの多面性

ひとりひとりが“need you”!──緑黄色社会が受け止めるそれぞれの多面性

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.148 読んでほしい! 2021年のオススメ記事

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.148 読んでほしい! 2021年のオススメ記事

Sean Oshima──ノンフィクションな表現を貫くソロ・シンガー

Sean Oshima──ノンフィクションな表現を貫くソロ・シンガー

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.142 音と色が繋がるとき

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.142 音と色が繋がるとき

灰色ロジックが辿り着いたストレートな表現─CD限定の初アルバムをリリース

灰色ロジックが辿り着いたストレートな表現─CD限定の初アルバムをリリース

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.136 バンドとライヴハウス

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.136 バンドとライヴハウス

文藝天国──聴覚と視覚で感じる淡い共鳴

文藝天国──聴覚と視覚で感じる淡い共鳴

【ライヴレポート】3組が表現したそれぞれのポップ──peanut buttersレコ発ライヴ〈Peanut Night〉

【ライヴレポート】3組が表現したそれぞれのポップ──peanut buttersレコ発ライヴ〈Peanut Night〉

大切なことはフィーリング! ───“これまで”を収録したpeanut buttersの初アルバム

大切なことはフィーリング! ───“これまで”を収録したpeanut buttersの初アルバム

chilldspotは10代をどう過ごしたのか?──これまでの歩みを映した初アルバム『ingredients』

chilldspotは10代をどう過ごしたのか?──これまでの歩みを映した初アルバム『ingredients』

オンライン・ライヴ・シリーズ『The LIVE-HOUSE』独占インタヴュー──第5弾出演アーティスト・lucky Kilimanjaroのときめきの正体とは?

オンライン・ライヴ・シリーズ『The LIVE-HOUSE』独占インタヴュー──第5弾出演アーティスト・lucky Kilimanjaroのときめきの正体とは?

小玉ひかり×Tani Yuuki スペシャル対談──コラボ楽曲“more”で共鳴するふたりの想い

小玉ひかり×Tani Yuuki スペシャル対談──コラボ楽曲“more”で共鳴するふたりの想い

初作にして傑作か?──5年のキャリアの集大成、ファースト・アルバムをリリースしたNewdums

初作にして傑作か?──5年のキャリアの集大成、ファースト・アルバムをリリースしたNewdums

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.121 週末、空いていますか?

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.121 週末、空いていますか?

ネクライトーキーが向かう新たな表現とは? ───ロック・サウンドを追求した意欲作『FREAK』

ネクライトーキーが向かう新たな表現とは? ───ロック・サウンドを追求した意欲作『FREAK』

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.114 〈JAPAN JAM〉予想セット・リスト

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.114 〈JAPAN JAM〉予想セット・リスト

the McFaddin×HOLIDAY! RECORDSs×FRIENDSHIP.の座談インタヴュー──関係者が語るバンドのエモーショナルな魅力と4曲の新作について

the McFaddin×HOLIDAY! RECORDSs×FRIENDSHIP.の座談インタヴュー──関係者が語るバンドのエモーショナルな魅力と4曲の新作について

比喩根(chilldspot)──信念を歌声に乗せて。世の中へ疑問を投げかける若きシンガー

比喩根(chilldspot)──信念を歌声に乗せて。世の中へ疑問を投げかける若きシンガー

今週のFRIENDSHIP.(2021年3月17日).

今週のFRIENDSHIP.(2021年3月17日).

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.106 “さくら”ソングと一緒に!

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.106 “さくら”ソングと一緒に!

ナリタジュンヤ──Miyamotoをプロデューサーに招いた新作「Regret」。共作の魅力やふたりの音楽性に迫る

ナリタジュンヤ──Miyamotoをプロデューサーに招いた新作「Regret」。共作の魅力やふたりの音楽性に迫る

Helsinki Lambda Clubは、これからも少年と大人の間を行き来する──〈"MIND THE GAP!!"〉ファイナル公演 ライヴレポート

Helsinki Lambda Clubは、これからも少年と大人の間を行き来する──〈"MIND THE GAP!!"〉ファイナル公演 ライヴレポート

先週のオトトイ(2021年2月1日)

先週のオトトイ(2021年2月1日)

REVIEWS : 012 国内インディ・ロック(2021年1月)──梶野有希

REVIEWS : 012 国内インディ・ロック(2021年1月)──梶野有希

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.100 2018年のインディーロックを振り返る

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.100 2018年のインディーロックを振り返る

[レヴュー] 秋山黄色

TOP