2022/02/01 18:30

どこまでも“自分自身”であるために、響きわたる咆哮──書評 : ジェン・ペリー著『ザ・レインコーツ──普通の女たちの静かなポスト・パンク革命』

オトトイ読んだ Vol.7

オトトイ読んだ Vol.7
文 : 津田結衣
今回のお題
『ザ・レインコーツ──普通の女たちの静かなポスト・パンク革命』
ジェン・ペリー : 著
坂本 麻里子 : 訳
ele-king books : 刊
出版社サイト
Amazon.co.jp


 OTOTOYの書籍コーナー“オトトイ読んだ”。今回はPitchforkのライターであるジェン・ペリー著『ザ・レインコーツ──普通の女たちの静かなポスト・パンク革命』の書評です。
 1冊を通して1作品の深淵を探る〈33⅓シリーズ〉のひとつである本書で取り上げられるのは、レインコーツのファースト・アルバム『ザ・レインコーツ』。アルバムに帰結する形で、メンバーの出自、結成話だけでなく、現在にまで続くレインコーツの活動とその享受のされようを辿ることができる。
 学生運動や第二次フェミニズム運動にて唱えられた「個人的なことは政治的なこと」を体現するポスト・パンクバンドの一つであるレインコーツ。いかにして4人は独自のクリエイティブを完成させたのか? 表現における個人とフェミニズムの関係に言及する本書は、現在にまで続く音楽表現と“女性性”を考えるにつけて、さらにはどのように自分自身であり続けるかを模索するにあたっても、重要な一冊だと言えるでしょう。

誰もあなたに生き方を教えてくれやしない

──書評 『ザ・レインコーツ──普通の女たちの静かなポスト・パンク革命』──
文 : 津田結衣


 1979年にリリースされた作品がなぜここまで新鮮に聴こえるのだろう。2010年代の末に『ザ・レインコーツ』と出会い、そして現在にいたっても、本作を聴くとき、この疑問はいつも私の頭の片隅にあった。
 パンクを脱構築し、4人のポリフォニーをもってして作品に散りばめたアナキズムは、1970年代末、リリースされた当時、自身の出自と女性としての抑圧的な視線を浴びせられる社会のなかでは、非常に切迫したものだったように思える。そして同時に「どのように生きればいいだろう」と行く末を切り開かんとする人間の普遍的な試行錯誤の軌跡をもこの作品は描いていた。『ザ・レインコーツ』が30年経ってなお、すぐそこで親しい友達が鳴らしているような親密さを持っているのはそのためだろう。
アナキストでフェミニストな側面をもって、自分自身であることへの徹底した態度をもって音を鳴らすことを可能にしたレインコーツ。その精神は作品に宿り、私たちを魅了してやまない。ではその作品の霊性は実際、何に端を発しているのだろう。あの時代に青春を過ごしていない私のような人にとって、その魅力は陶酔時にみる星のように輝いているが、非常にぼやけた光だ。本書はバンドの実存を通して、なぜ私たちはレインコーツに惹かれるのか、その疑問をあらゆる方面から確かめる術を与えてくれる類のものだと言えよう。

 音楽史のターニングポイントとなるひと作品について一冊をかけて深掘りしていく、〈33⅓シリーズ〉の一つである『ザ・レインコーツ──普通の女たちの静かなポスト・パンク革命』。本書はレインコーツのファーストアルバム『ザ・レインコーツ』へと帰結する形で、メンバーの出生やアートスクールでの活動、スクワットでの生活をさらいながら、レインコーツ作品に潜むアナキズムを炙り出していく。また、90年代にはほとんど忘却されて、作品は廃盤にもなっていたレインコーツのスピリットを追いかけたオリンピアのシーン──ビキニ・キルをはじめとするライオットガール、ニルヴァーナ──や『恋のからさわぎ』、『20センチュリーウーマン』といった映画作品、そしてそれらに後押しされた再結成へ、といったように今日まで続くレインコーツの再評価の波にも言及する。
ひと作品を軸足にした一冊ではあるが、本書は再評価・再結成を含めて広範囲な時代を扱い、バンドとそれを取り巻く、リリース後も含めたバンドのヒストリーをなぞるという側面が大きい。そこに大きなテーマを見いだしにくいかもしれないが、"女性であること"がいかにして表現に影響を与えるかという部分に緩やかにフォーカスを当てている印象を受ける。もちろんポストパンクとは、ザ・スリッツから派生する形で、女性のアーティストが次々生まれていった時代であり、彼女たちの活動がその時代に基因することもひとつのポイントだろう。また本書はこうしたテーマを、メンバー個人の発言や行動の著述によって裏づけていく。

『わたしたちの歌は大概、これといって特に女性的な問題を扱ってはいない。だが、わたしたちの場合、私たちは女性であり、ゆえに歌は女性の視点および作者が誰で、個人として何を考え感じるかを反映していることになる。(略)女性であるということは、女性的に感じ、女性的に表現する両方であり、かつまた(少なくともいまの時点では)女性が命じられる彼女はどうある「べきか」に反抗することである。この矛盾はわたしたちの人生に混沌を生み出すし、もしも私たちがリアルであろうとするのなら、これまで自分たちに押し付けられてきたものを無視し、自分たちの人生を新たなやり方で創造(ときに作り直すこともあるだろう)する必要がある)。』ーアナ・ダ・シルヴァ(p.209)

 レインコーツは「政治的」「フェミニズム」という括りによる単純化を批判する。しかし『ザ・レインコーツ・ブック』からのこの引用部分は、自身の表現が女性であることで生じる社会規範へ反抗するものでありながら、またそれも女性的表現となりうることの矛盾と必然性をも示唆している。それは所謂「柔らかさ」「アマチュアリズム」といった家父長制視点から語れる「女性的表現」では決してない。そのことは本書を読み進めるにあたって誤読しようもない箇所であろう。
 それぞれの出生の違い──女性への抑圧が憲法で定められたポルトガルのサラザール政権から逃れたアナ・ダ・シルヴァ、イギリス中部の低中流階級の「安全な」家を切り離したジーナ・バーチ、スペインのファシスト政権/さらにはマクラーレン周辺のマチズモなパンクをも切り離したパーモリーヴ、ロンドン郊外で両親とイデオロギー的に対立しながら社会主義やフェミニズムに傾倒したヴィッキー──と、その違いが色濃く反映される楽曲の個人性。そして4人の予測のつかない演奏と咆哮のようなコーラスが、個人の物語を表現することでうまれる普遍性。アルバムの深淵を探るにあたって軸とされるこの二つの特性は、レインコーツがひとつのイシューに単純化されない「いかに自身たりうるか」という自由への追求を行うバンドであることを示すのだ。
 バンドにおける「女性的表現」の、70年代の終わりのどのロール・モデルにも収まらず、どのコスチュームも纏わずそのままの自身を表現しようとしたレインコーツ。フェミニストなバンドであり、同時に「何者であるか否か」という二元論を否定すること=つまりノー・サイドであることでその個人性を守ったバンドでもある。

 どのようにアナキストで、フェミニストであることができるか、そうでなくてもいかに自分であることができようか?この何層にも断絶する社会でその答えはおそらくないだろう。それは切り開いていくしかないが、「誰もあなたに生き方を教えてくれやしない(フェアリーテイル・イン・ザ・スーパーマーケット)」という宣言とともに始まる『ザ・レインコーツ』にまつわる本書は、答えの見えない道を開拓する力を与え、その道を照らす、そんな本だ。

書籍詳細

『ザ・レインコーツ──普通の女たちの静かなポスト・パンク革命』
ジェン・ペリー(著)坂本麻里子(訳)
2021/11/26
本体 2,300円+税  ISBN:978-4-910511-07-8
出版社サイト

以下は出版社インフォメーションより

ザ・レインコーツのファンも ポスト・パンク・ファンも ラフトレードのファンも必読の書で、 あなたの人生観を変えるかもしれない名著です

いま日本でようやく公開される1979年ロンドンのアナーキー&フェミニズムの世界へようこそ。ジョン・ライドンもカート・コベインも愛した奇跡のバンド、その革命的なデビュー・アルバムとメンバーの生い立ちからそれぞれの歌詞や彼女たちの思想について、『ピッチフォーク』の編集者がみごとな筆致で描く。

1979年、ロンドンで結成された女性4人組のバンド、ザ・レインコーツ。そのデビュー・アルバムは、新しい文化潮流の重要起点になったという意味において、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファーストやセックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!!』などと同じ類いの作品であると21世紀の現代であれば言えるだろう。

この家父長制的な社会において、長いあいだ不当な扱いを受けながら、その後の多くの女性音楽家たちを勇気づけたそのバンドの名作の背景が、いまここに明かされる。

舞台は1979年のロンドン、拠点となったのは、マルクス主義とフェミニズム思想の影響をもってオープンしたレコード店〈ラフトレード〉。

店が立ち上げたレーベルからデビューしたザ・レインコーツは、当時ジョン・ライドンがもっとも評価したバンドだった。のちにカート・コベインがそのレコードを買うためにメンバーが働いていたアンティック・ショップにまで足を運ぶほどの熱烈なファンだったことでも知られる。

『ザ・レインコーツ』はポスト・パンク・ファン待望の一冊であり、いまだ家父長制的な文化が優位なままの日本の未来のためにも、まさにいま読むべき一冊だ。最高の読後感が待っています。(本文より)

目次

収録曲 Tracklist
序文 Preface

1 One
2 Two
3 Three
4 Four

結びに Epilogue
謝辞 Acknowledgments
引用・参照資料 Works Cited
索引
編者による補足
この記事の筆者
TUDA

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