コーラスのメディアが声なのか手話なのか違うだけ
──ペン子さんはマコイチ君の歌詞を見てどういうふうにアプローチを決めていったんですか?
ペン子 : 私はライヴ頭の6曲、アンコールの2曲の手話と翻訳を担当しました。曲によってはよくよく解釈を深めていったら政治的な意味があるんだということに思い至り、それがわかったうえで聞くと全然聴こえかたが違ったんですね。でも、手話にしたときには、特に“日本手話”の場合は英語と同じではっきり言語化していかないといけないんです。歌詞に暗に含まれているものを、日本語みたいにオブラートに包むことはしないので、“それはかつてあって”も手話にすると「差別がかつてあった」と言語化して出さないといけない。
マコイチ : より意味が強くなるんです。サード・アルバムの楽曲はそういう主張を入れ込みながらも僕らの言葉に共存させることがテーマだった。パーティー・ソングとポリティカルな部分がまぜこぜになってるから大変だったかもしれないです。
ペン子 : “無許可のパーティー”の〈野放しになってるヘイト より禁止されたビート〉のところの〈より禁止された〉は「夜中踊っていると逮捕される」というふうにハッキリ表現しました。〈無許可のパーティー 踊れない街で〉も「許可はされてないけど自分たちはパーティーをする、でもあいつら夜通し踊ってるのを違法だって言ってるんだぜ」というふうにしっかり言語化する。ただ、それを禁止している主体が誰なのかというところは明言してなくて、指差しで少し上のところを指すから、自分たちよりも上にある立場の権力を持った人がそう言っているんだというふうに表現しました。「じゃあ誰が禁止してるんだ?」というところはみんなで考えるように。そんな按配でやっていました。
──すごく興味深いです。他に、手話に訳すのが難しかったところはありました?
ペン子 : 翻訳の期間は20日間くらいかかってるんですけど、“フラットなフロア”のBメロ〈君が誰でもいいぜ スポットライトに照らされて 僕らの肌はマダラ模様〉というところが本当にできなくて難しかったです。曲を聴けば映像として状況はわかるじゃないですか。でも「自分の脳内に浮かんだあの映像を手話にしたいんだけどどうにもできない」みたいな。ずーっと考えて最終的には、日本手話でよく使われる、状況説明を重ねることで結果としてその環境や状態がわかるという戦略を取りました。なので〈君が誰でもいいぜ〉はそのまま「君が誰でも関係ない」と訳して、そのあと「頭上からスポットライトがフロアにさしている」という状況説明を入れました。そして「スポットライトを浴びながら、フロアにいる人たちの間をぬって歩く」という状況説明をさらに続けました。あと、やっぱり“同じ夜を鳴らす”の「鳴らす」が難しくて。
マコイチ : 僕もどう説明しようか、自分でもわかんなかったですね。
ペン子 : 言わんとしていることはわかるんですけど、さあこれをどう手話に翻訳するのかってなると。
仲原 : 〈同じ夜を鳴らす〉が「鳴らしている」なのか「鳴っているのを聞いている」なのか、言ってしまえば受動的なのか能動的なのか。もともとの歌詞としては、どちらともとれるようにしているので。実際にスピーカーを鳴らして演奏する側の人の立場でもいいし、夜にカーステレオのスピーカーを鳴らして音楽を聴いている側の人でもいいし。
──手話的にはどういう訳になったんですか?
ペン子 : 自分から鳴らしている方向性で「なにか音がなっていますよ」という手話にしました。スピーカーとかから音が流れるっていう時に使う手話を使って、「夜に、音楽を、鳴らす」という風に翻訳をしました。手話は方向性もすごく大事です。「自分が鳴らしている」のか「鳴っているものを聴いている」のか。自分から鳴らしていれば外の方向に向かっていくんですけど、なにか鳴っているものを聴くときは向こうから鳴っているっていう感じで全然方向が変わってしまう。そういう方向性も含めて解釈を確認させてもらいました。
マコイチ : それで思い出したんですけど、今回やりとりをしていてひとつ思ったのが、その歌詞の解釈も音源なのかライヴ想定なのかで違うなと思ったんです。例えば「君と」という言葉は音源では“広く様々な人々に向けたようなニュアンス”になるけれど、ライヴだと“もっと直接目の前のオーディエンスに向けた感じ”でいいというのを提案させてもらったり。僕はステージで歌詞通りに歌っているだけだけど、手話ではレコーディングとライヴでの演者の感情の違いも踏まえて表現してもらいました。
──当日は、ペン子さんをはじめ〈TA-net〉のみなさんも踊りながら手話通訳しているのがすごく印象的でした。ああやって舞台で体を動かすってことは手話通訳でよくあることなんですか?
ペン子 : まったくあり得ないです(笑)。“あり得ない”は言いすぎかもしれないですけど、他のかたはあまりやらないと思います。
仲原 : 実際にみなさんがああいう形でやってくれるとは思ってなかったんです。だけど、リハをやっていくうちにメンバーもだんだん手話を覚え始めて、特にコーラスのふたり(asuka ando、YAYA子)が気になる手話を振り付けに入れたりして、それで手話の人たちもコーラスの動きを見るようになったりして。バンドの曲を理解してくれるようになって動きが大きくなっていったというのがある気がします。
ペン子 : たぶん、みなさんも普段の通訳では、その場に釘で打たれたかのように直立不動でやるのが常なので。
──思い出野郎がやっているソウル・ミュージックにとっては踊ることって大事なことじゃないですか。だからむしろ、踊りましょうよっていうやりとりがあったのかと思ってました。
マコイチ : そこに関しては事前のやりとりはなかったです。僕たちは僕たちで演奏の方で自分たちの曲をやるのに必死でリハをしていて。パッと(手話チームを)見たら「やってる!」と気づくぐらいで。だから、別の人たちがステージにいるというよりコーラス隊が増えたような感覚でした。コーラスのメディアが声なのか手話なのか違うだけ。だから結果的に手話通訳も含めてこの編成でバンドが拡張されたんです。
仲原 : 揃いの衣装(ジャージ)も着てもらったし、手話通訳とバンドを分けたものにしない、手話通訳のみなさんもメンバーだ、っていうのはみんなの意識のなかにありました。舞台上の通訳さんを入れたら、メンバー8人にサポート8人でちょうど男女半々になって、「これも思い出野郎だな」という編成になったかな。