Ill Considered 『Liminal Space』
イル・コンシダードもUKのジャズ系グループだが、シャバカ・ハッチングスやテオン・クロスらのコミュニティとは少し違う場所にいたグループだった。UKらしいアフリカ的なリズムなどの共通点はあるが、ダンサブルなリズム・アンサンブルよりは、より即興と不確定な展開に重きを置いていて、即興もより抽象寄り。ジャズロック的なソリッドさが差異になっていて、そこが魅力になっていた。新作ではテオン・クロス、スティームダウンのサックス奏者Ahnanse、インド音楽に精通したパーカッション奏者サラシー・コルワルなどを迎えて、新たなチャレンジを試みている。北アフリカのグナワか中東かといった雰囲気の「Sandstorm」「Loosed」をはじめ、様々な地域の要素を混在させたスピリチュアルジャズ「Pearls」など、音楽の幅を一気に広げた。「Dervish」「Light Trailed」「Knuckles」のような音で埋め尽くしたような分厚い音作りはUKのジャズ・シーンでは聴かれないもので、この辺りのロック的なパワフルさを伴うセンスはシーンの中でも唯一無二であることを再確認させてくれたりもする。ジャズロックのみならずポストパンク好きにも聴かせてみたい現行UKジャズ。
Patrick Shiroishi 『Hidemi』
日系アメリカ人サックス奏者のパトリック・シロイシはこれまでに自身の家族の歴史を遡り、戦中戦後に強制収容所へと送られた在米日本人であった祖父のストーリーをインスピレーションに作品を作ったりしてきた。本作もそんな祖父のストーリーからインスパイアされたもので、“ヒデミ”とは祖父の名前だそう。サックスの多重録音で紡がれるサウンドの中にノスタルジックに感じてしまう瞬間があるのは、日本人にはなじみ深い旋律やリズム感覚が含まれているからだろう。決してキャッチ―ではなく、むしろエクスペリメンタルな音楽であり、フリーキーな瞬間も少なくないが、その中から間違いなく“日本”が立ち上ってきているのが感じ取れる。一方でここでの音像には新しさも感じられる。サックスの配置や重ね方、重ねる際もしくはぶつける際に生じる響きの活かし方はプロダクション的だ。デッドな響きやリヴァーヴたっぷりの広い空間的な響きまで使い分けているのも功を奏しているし、そこで奏でられるサックスの音色そのものの魅力も十分。そして、ラストまで通しで聴けば、このアルバムが考え抜かれた構成のトータルアルバムだということもわかるはず。個人的には2021年屈指の印象を残した作品だ。ちなみに本作はコロナ禍だけでなく人種差別が吹き荒れた2021年のアメリカで起きたアジア人やアジア系アメリカ人へのヘイトクライムとも無関係ではない。この作品の奥深さはじっくり時間をかけて聴き込みたい。