Matthew Stevens 『Pittsburgh』
マシュー・スティーヴンスといえば、エスペランサ・スポルディングやクリスチャン・スコットのバンドのギタリストで、インディーロック的なセンスをカート・ローゼンウィンケル以降の現代ジャズ・ギターに織り込める逸材といった感じでジャンルを超えて聴かれていた人で、自身のソロ作『Preverbal』ではポストロック的な方法論でアルバムを作ったりしていた。そのマシューの新作はコロナ禍の自粛と右肘の骨折とそのリハビリがきっかけというアコースティック・ギターによるソロ・ギター・アルバム。リハビリ感があるのは様々な曲調が入っているところにも表れていて、フォークやブルーグラス的でバンジョーを弾いているようなニュアンスのものもあれば、ブラジルのショーロみたいな曲もあれば、コラやンゴニを弾いているような雰囲気の曲があったり、曲ごとに様々な技術を試すように演奏しているのが面白くて、ソロギターだが、全く飽きさせない。エスペランサ・スポルディングのここ2作ではこれまでの彼のイメージとは異なるチャレンジをしていたのが聴こえて、変わり始めている時期なのかと感じていたが、その進化や変化の状況がはっきり伝わってきた気も。ギミックの使えないアコースティックギターだからこそ出て来た裸の表現やアプローチだからこそ露わになったものがあったと思う。
Chelsea Carmichael 『The River Dosen’t Like Stranger』
現代UKジャズのシンボル的存在のシャバカ・ハッチングスがいつの間にか〈Native Rebel Recordings〉というレーベルを立ち上げていた。それを知ったのはたまたま聴いたこのチェルシー・カーマイケルというサックス奏者のアルバムがリリースされたこと。シード・アンサンブルやテオン・クロスのグループなど、すでにUKのシーンではそれなりの活動をしている彼女の初リーダー作が本作だ。サックス的にはシャバカ・ハッチングスにも通じるスタイルで、リズミックな中にノイジーな音色を挟むようなプレイが特徴だが、そこにゴリゴリにディレイがかけられたりするダビーなサウンドが印象的。シャバカのサンズ・オブ・ケメットが集団のための音楽で祝祭的でオープンなのに対して、こちらは個の表現にフォーカスされていて密室的でかなり内省が入っているとでもいうべきか。サンズ・オブ・ケメットも本作もどちらもトライバルなリズムが入っているが、本作は不思議とその民族性や地域性よりもジャズやロックの色を強く感じさせるのも面白い。現代ジャズ×ダブと言う視点だとUKジャズの中でも近年屈指の1枚。
Theon Cross 『Intra-i』
UKジャズ・シーンのキーマンのひとりでシャバカ・ハッチングスの相棒であるチューバ奏者のテオン・クロスのソロ作。テオンも参加していたシャバカ・ハッチングスのグループのサンズ・オブ・ケメットの2021年作『Black to The Future』がバンド的な要素が後退し、プロダクション的なサウンドだったのはパンデミックによる自粛生活が理由だと思うが、このテオンのアルバムも前作で聴かれたようなセッション的なサウンドではなく、テオンのプロデューサーとしての側面だった。もともとグライムのMCのバックバンドもやっていただけあって、ジャズ・シーンの中ではグライムのシーンとの距離が近かったが、そのベクトルで突き詰めてみたのが本作と言えるかも。その中でアフロビーツやレゲエの要素は相変わらず重要な位置を占める。これまではレゲエのリズムの上でセッションをしていた感じだったが、ここでは「Forward Progression Ⅱ」のような密室的なダブのサウンドの中でチューバでソロをとったりと意欲的なチャレンジも多く、テオン・クロスの音楽家としての進化が随所に聴こえるアルバムになっている。しかも、チューバはフル回転。チューバにエフェクターかけまくって、様々な音色に変調させて使っているし、チューバのソロがメインの楽曲も多く、チューバという楽器の可能性を突き詰めているアルバムでもあり、チューバ奏者としての進化も感じられるのも本作を魅力的なものにしている。