なにが言いたいのかすらも分からなくなってきた人の気持ちが分かる
──いやぁ、こちらが変に考えすぎてましたね。いままでのアルバムを並べると、『東京WALKING』は東京に対して足搔きを見せる名作で、それから数年後、自信を見失いそうになる自分をギリギリで奮い立たせるような『KMC!KMC!KMC!』も名盤でした。それが『BLACK RAIN』以降は、いままでの歌っていた対象が変わって、社会全体へ向けているように聴こえるんですね。
あ〜…そこまで意識していたかどうかは謎ですけど、無意識に出ているかもしれないっすね。社会に向け言っているつもりはないけど、にじみ出ているかもしれないっす。以前だったら『BLACK RAIN』みたいなのは、むしろ嫌なくらいでしょうから。
──制作のモチベーションを与えてくれるものがテレビのニュースやSNSを通して観る世界に変わったからなのかな、と思いました。
ニュースを通してっていうか、自分の肌で感じている世界な気がしますね。ほんとになんか…辛い思いをしている人の気持ちをね、俺は割とわかってると思うんですよ。惨めな思いをしたりね、言いたい事を腹に抑えてる、っていうかそれ以前になにが言いたいのかすらも分からなくなってきた人の気持ちが、なんか俺には分かりますね。俺の場合は本当にヒップホップのお陰で、変われたというか。
──ラップの前はどんな学生だったんですか?
昔からミュージックは好きでしたよ。ただ、周りに全然ついていけなかったんで、非常にどんくさい人間でしたね。自分を大事にできなくなくなる人もいるけど、下手したら俺も20代とかそういう感じだったと思うんで。
──20代というと、わりと最近ですよね。
そうですよ。
──どういったときに、そんな惨めな思いになりました?
結果を出さなきゃいけない。そして自分がやっていることなんて全然意味がない、みたいに思っちゃってたし、そういう人らの意見を聞いてた。もう全っ然、為にならない! でもいまにとってはいい経験ですよ。
──アーティストの経験がなくても、そういった経験は多くの人がしますよね。特に社会人になったあとは。それで音楽のスタイルを変えようと思ったこともありました?
ありますよ! ファーストを出してから、「このあとどうしよう」ってなりましたもん。
──いまはその迷いは無いですか。
いまは無いですね! セカンドを出して、だいぶ凹んだんですよ。完全に俺は誰からも見向きもされないラッパーなのかなって思っちゃって。セカンドに対する自分の期待がでかすぎてね。
──上手くいかない迷いを昇華した“KING”は自分も大好きな曲なんです。KMC本人としても自信作だったけど、思ったほどの反響が得られなかった?
うん。セカンドを出せば皆が振り向いてくれるはずだって思ったけど、ファーストから4年も出せてなかったし、いま考えると空回りして焦ってるだけでしたね。
──そこから、どう立ち直ったんですか?
セカンドを出したあとは、もうラップを辞めたほうがいいんじゃないかって。年も年だし。でも、とりあえずリリパまでは頑張ったら、それでラップは最後にしようって思ったら、そのリリパがめっちゃくちゃ盛り上がって! もうね、非常に、非常に凄まじい回になってしまって! それで「もう辞めるなんて考え、やめよう! 」ってなってしまって(笑)。
──リリパで最高と感じた瞬間とか、覚えてますか?
瞬間…瞬間かぁ〜。みんなが楽しみにしててくれてたんで、客が押し寄せてきて危なかったんです。1時間ライヴをやったんですけど、あれは本当に自分のワールドができましたね。
──話が少し変わって、復活後のいまのKMCには文鳥の“寅”という新たな相棒がいます。そもそも文鳥を飼いだしたのは?
当時付き合っていた彼女が別の文鳥を飼ってたんですよ。新所沢に住んだのは、その彼女と一緒に暮らすことになったからなんです。でも、その先代の文鳥は亡くなってしまったんですよ。それで1年くらいペットロスになったのに、元カノがまた文鳥を飼いたいって言い始めて。俺、嫌だったんですよ。でも渋々、新所沢にある文鳥屋さんに行ってね。前の文鳥が白い文鳥だったんで白いのが良かったんですけど、そこの親父が無理やり「この子が懐いちゃったから、これがいいよ」なんつって寅を勧めてきたんですよ(笑)。でも、まぁ不思議なもんで家に連れて帰ってみると、その瞬間に前の文鳥で空いていた心の穴が埋まったんですよ。寅がね、春を連れてきてくれたように感じましたね。ちょうどそのとき、春だったしね。
──うわぁ〜…そんなほろ苦い経緯が! 自粛期間が寂しいからペットを飼ったのかと思ってました。
それで(彼女と)別れて、そりゃあ引っ越すんですけど、もうね、完全に俺のほうが寅を世話してたんで、寅は俺に懐いてましたから俺が引き取って出て行くわけですけど。いざ引っ越すとなるとめっちゃくちゃ寂しいんですよ。もうめっちゃ寂しい、なんかわかんねーけど。
──自分も似た経験があるので、わかります…堪えますよね。
そうですよ。そう。すげえ悲しくてね。住んでいた部屋には思い出が染み付いていましたよ。それでね、寅の面倒も3日くらいちゃんとみてなかったときがあったんですよ。そしたら寅が夜中に、文鳥って寂しいときに出す声があるんですけど、夜中にそれを出して。俺初めて寅がその声を出してるのを聴いたんですよ!
──うわぁ…。
すぐに駆け寄って「すまなかったぁ!!」って。そのとき、「こいつには俺しかいないんだ。いつまでもメソメソしてられないんだ」って心から思って。だからね、寅に何度か励まされてますよ、本当に。
──でも寅ちゃんの声はアナログシンセっぽくて良いですよね。
そうなんですよ〜。あれは歌ですよ完全に。オスが求愛のために歌うんですよ。
──現時点で送っていただいた曲には寅ちゃんの声は入ってませんでしたけど、他の曲には入ってるんですか?
いや、無いですよ。
──この流れで無いんですか(笑)!
そんなに寅を連発するのもねぇ。