2021/08/18 16:00

Amjad Shahrour 『Thu Shara』

イラクやシリア、イスラエル、パレスチナに囲まれた中東の国家、ヨルダン。アムジャッドはこの国の首都、アンマンを拠点とするプロデューサー/ベーシストだ。これまでにジャダルやハヤジャンといったヨルダンのロック・バンドでベーシストとして活動してきたが、自身名義の本作ではプロデューサーとしての一面を見せている。元になっているのは、ヨルダンの古代都市、ペトラでレコーディングした砂漠の民たちの歌や伝統楽器のメロディー。そこにヘヴィーなキックとベースラインを織り込んだ、ディープなベドウィン・ベースを展開している。欧米のプロデューサーがアラブ諸国の伝統文化を採り入れてダンストラックを作り上げるケースは(星の数ほどの失敗作を含めて)いくらでもあるが、ヨルダン人のプロデューサーがその領域に踏み込み、なおかつここまでのオリジナリティーを獲得している点に注目したい。ドラムンベース調の「Theeb」あたりもインパクト十分。今のうちにチェックしておきたい逸材である。

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Xin Lie 『Karangpawitan』

インドネシア・バリ州の首都であるデンパサールを拠点とするレーベル〈ノン・アーカイヴ〉の最新作。主役のシンはインドネシア第3の都市バンドゥン出身のDJ/プロデューサーで、ハードコア・パンクとの出会いによって音楽にめざめ、現在はインドネシアのDJ集団、C*SSSの一員としても活動しているという人物だ。彼のルーツにはジャワ島西部スンダの伝統文化があるそうで、ダークでインダストリアルなトラックの向こう側からスンダの土着性が滲み出てくるところに彼ならではのおもしろさがある。インダストリアルな音によって現代の呪術性を浮かび上がらせる作風からは、カット・ハンズの諸作との共通性も見える。なお、〈ノン・アーカイヴ〉は今年に入って同傾向の作品群を連発。ジャカルタを拠点とするハックスプロセスのEP『Untitled 00』あたりもかなり強烈な内容だが、ハックスプロセスはジャカルタのアンダーグラウンド・メタル・シーンでドラマーとして活動していた人物だったりと、ハードコア/ノイズ/メタルの土壌のあるインドネシアならではの音楽的背景が見えるのも興味深い。

NET GALA 『신파 SHINPA』

韓国はソウルのLGBTQコレクティヴ「シェイド・ソウル」の一員であり、DJとして〈Cakeshop〉などのクラブで活動するネット・ガーラの新作は上海の〈SVBKVLT〉から。タイトルの「신파/SHINPA」とは「新派」のことで、韓国ではメロドラマ的意味合いで使われる。ただし、もともとは20世紀初頭に採り入れられた演劇の一形態を表すもので、複雑な受容のプロセスを経て現代の韓国ドラマに土台になったともいわれる。ネット・ガーラはここ数年、この新派の研究に取り組んでおり、本作はその成果を表現したものだという。新派の成立背景については明るくないためここでは踏み込まないでおくが、おそらく本作には新派というテーマを通してネット・ガーラ自身のジェンダー観も表現されているのだろう。みずからの足元から着想を得ながら、それを高密度のベース・ミュージックに変換する方法論は現在世界各地で試みられているが、ネット・ガーラの場合、新派をテーマとするところにオリジナリティーがある。本作にはロサンゼルス在住のDJ/プロデューサー、アマゾンドットコムらのリミックスも収録しており、ローカルとグローバルを繋ぐ〈SVBKVLT〉らしいスタンスも見える。

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