2021/06/29 18:00

John Pizzaleli 『Better Days Ahead』

続けてもトリビュートというか、こちらはカヴァー集。スウィンギーで小粋な演奏を聴かせるジョン・ピザレリがパット・メセニーをカヴァーした異色作。パット・メセニーは言わずと知れたジャズの巨匠で名曲を数多く残しているが、彼の曲はそんなに他人に演奏されない。それはメセニーを始め、ライル・メイズのピアノやペドロ・アスナールの声など、楽曲が演奏者の演奏とあまりに強烈に結びついているからってのはあるかもしれないし、完成されていて解釈の余地が少ないのはあるかもしれない。ただ、ジョン・ピザレリは7弦ギターたった1本でメセニーの曲を演奏した。7弦ギターでしかもナイロン弦で音色も響きも全く異なる上に、ゆったりとスウィングするくつろいだ演奏で、メセニーの大名曲がその旋律の魅力は残しつつも異なる文脈にあるものとして聴くことができる。特にナイロン弦の軽くて、ぼやけたような音色と独特なサステインやノイズは時にメセニーの楽曲であることすら忘れさせてしまうほど。まさかギターでこんなやり方があったのかと驚いた

Sons Of Kemet 『Black To The Future』

現在のUKをけん引するサックス奏者のシャバカ・ハッチングスのプロジェクト。ツインドラムにチューバ、サックスを軸にした編成でゴリゴリにリズムで押していくダンサブルなサウンドは、不公平や不公正を告発するようなアジテーションを音楽で表現しているようなものだったが、本作は今までと少し印象が異なる。これまではすべての楽器がリズム化し、絡み合いながらパワフルに疾走するような楽曲が多かったが、本作ではドラムのサウンドもパワフルさよりも、個々の太鼓の音色を活かし、丁寧にリズムのパズルを組み上げるような演奏が印象的だ。それらのすべての音はそれぞれが空間的に配置され、リズムの塊ではなく、異なる音色がそれぞれの音量や音質やエフェクトで調整され、別々に聴こえてくる。ドラムセット的なグルーヴやリズムというよりは、クラシックのオーケストラの打楽器のアンサンブルが生み出す空間的なサウンドと効果のようだと言ってもいいかもしれない。それは打楽器のアンサンブルのパーツとして重ねられたかのような管楽器のフレーズたちと組み合わせられるとよりその面白さが聴こえてくるようになる。バンブーフルートを始めとした様々な音色を使ったのもそんな音楽性ゆえだろう。 となると実験的になってしまうそうだが、多くの楽曲でラッパーやシンガーの声が、もしくは語りかけるようにサックスを奏でるシャバカのソロが真ん中にあり、それらは全てその中心を輝かせるための伴奏、もしくはバックトラックとして機能している。的確に配置されたパーツはポリリズムにもポリフォニーにも聴こえ、それらは中心にある言葉や旋律を取り囲みながら有機的に流れていく。

もしかしたらコロナ禍の状況も関係あるのかもしれないが、それぞれの演奏を別録りしたものを組み合わせたり、シャバカ自身も自身の演奏をオーヴァーダブしたり、とセッションというよりは、プロダクションにもかなりの比重が置かれていることが新たなサウンドを生んだのかもしれない。つまりシャバカにとってこれまでとは異なるチャレンジが録音や編集でも行われているのは間違いない。この経験が今後のシャバカにどう作用していくのかが個人的には楽しみだ。

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Anthony Joseph 『The Rich Are Only Defeated When Running ForTheir Lives』

トリニダード・トバゴ出身で、イギリスで活動している詩人で、カリブのギル・スコット・ヘロン的な存在でもあるアンソニー・ジョセフ。スピリチュアルなジャズやファンクが軸にあるが、そこにトリニダードを中心としたカリブ海やアフリカの様々な音楽性を取り込んだサウンドは、近年のUKジャズシーンの特徴的な部分を先取りしていたともいえる。UKのシーンを追うなら欠かせない重要人物で、本作ではデニス・バプティストやシャバカ・ハッチングスといったロンドンの中心人物たちがわきを固めている。ジャマイカやバルバドスの詩人に捧げた曲があったり、ガイアナやハイチがインスピレーションになっていたりで、それが詩だけでなく、サウンドにも反映されている音楽的な多様さも面白い。そして、なんと言ってもアンソニー本人のポエットのリズム感やエモーション、そして、その存在感が素晴らしく、それだけで音楽が成立してしまうほどのパワーがある。そこにシャバカやデニス・バプティストの熱演が加わるわけで、楽しくならないわけがない、と言った感じです。

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