2021/06/29 18:00

REVIEWS : 025 ジャズ(2021年6月)──柳樂光隆(Jazz The New Chapter)

毎回それぞれのジャンルに特化したライターがこの数ヶ月で「コレ」と思った9作品+αを紹介するコーナー。今回は、『Jazz The New Chapter』監修、各方面で活躍の柳樂光隆が登場です。今回は大容量の14枚をセレクト、ジャズのエッセンシャルな「いま」に迫ります。

OTOTOY REVIEWS 25
『ジャズ(2021年6月)』
文 : 柳樂光隆(Jazz The New Chapter)

Jihye Lee Orchestra 『Darling Mind』

何年か前に挾間美帆に注目のNYの若手ジャズ作曲家についてきいたときに、あげてくれた何人かのなかにジヘイ・リーの名前があったのが彼女を知ったきっかけだった。近年のビッグバンド~ラージ・アンサンブルはかなり個性的な曲を書く作曲家が増えてきたが、そのなかでもアナ・ウェーバーと並ぶ現在のシーンの注目株と言っていいかもしれない。どこまで自覚しているのかはわからないが、エレクトロニック・ミュージックやヒップホップを当たり前のものとして浴びてきた世代の楽曲といった印象で、なにかの要素を混ぜたのではなくナチュラルにやったら既存のジャズのビッグバンドとは異なる構成やテクスチャーができてしまう、と言ったほうがいいのかもしれない。心地よいミニマリズムと聴き手をざわつかせるような抽象を使い分けるセンスも素晴らしい。今年のビッグバンド屈指の1枚になるのではないでしょうか。

Sachal Vasandani & Romain Collin 『Midnight Shelter』

グレッチェン・パーラトやベッカ・スティーブンスなど、素晴らしいヴォーカリストがシーンを盛り上げた2010年代に彼女らと同じようなテクニックを持っていた男性ヴォーカリストとして、活動していたのがサシャル・ヴァサンダーニ。その実力にも関わらずなかなか代表作が出なくて埋もれていたが、ついに彼の代表作が生まれたのが本作、と断言しよう。2020年にグレゴア・マレ、ビル・フリゼールとの傑作『Americana』を生みだしたピアニストのロメイン・コリンとのデュオでのバラード集はサシャルの魅力を完璧に引き出した。ワン・ダイレクションのハリー・スタイルズやスコットランドのスターでもあるルイス・キャパルディなどのごりっごりのポップスの楽曲からその旋律の魅力をじっくりと引き出した歌唱と伴奏は特筆すべき。ブラッド・メルドーのカヴァーでもおなじみの現代ジャズの新たなスタンダード「River Man」も素晴らしい。実はUKの曲のカヴァーが多いのが成功の理由な気も。レーベルは近年にジャズの台風の目となっているUKの〈Edition Records〉です。

Michael Mayo 『Bones』

ネイト・スミスやベン・ウェンデルの作品でのその圧倒的な歌唱が衝撃だったヴォーカリストのマイケル・マヨの初めてのリーダー作。超絶的なスキャットやヒューマン・ビートボックス、ヴォイス・パーカッションが武器だが、本作ではそのテクニックも使いつつも、楽曲の良さとその楽曲を情感豊かに歌うその表現力にこそ耳を奪われるのが肝。リズム感や音程、発音の正確さ、音域の広さなどはあるものの、その技術に縛られず、ポップスでもR&Bでもその音楽が求めるものをちょうどいい塩梅で歌えるのが彼の特徴で、ジャンルを跨いだり、混ざったりする場合でもその部分があまりに自然で、ポップな部分とバカテクな部分がナチュラルに同居している。ボビー・マクファーリンを想起させるのは技術や発声の多彩さだけでなく、「Don't Worry, Be Happy」のようなポップな歌を声を駆使した高度なアレンジと組み合わせ、キャッチ―に聴かせるセンスを持っていたこともあるはずだ。このデビュー作の時点でとんでもなくいいので、今後への期待がさらに膨らむ。ちなみにプロデュースは〈ブルーノート〉で『Black Radio』までのロバート・グラスパーのステップアップを支えた名A&Rのイーライ・ウルフ。その部分でもマイケル・マヨの今後の動向が見逃せない。

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