2021/05/10 19:00

音楽をやっている理由を考え直そうじゃないかと──カネコアヤノの『よすが』はいずこに

2018年『祝祭』、2019年『燦々』と、まるで何段もの階段を抜かして駆け上がっていくかのごとく、その作品においてキャリアを飛躍させたカネコアヤノ。またここ数年、インディ・ロック・シーンにおいて「最もチケットがとりにくい」という声を多方面で聞くほど、そのライヴのキレキレっぷりにも注目が集まっていた。そんな矢先に、2020年はその状況にもストップがかかってしまったわけだ。しかし、ここにリリースされたアルバム『よすが』はそんななかでもそのキャリアを先へと進める快作となっている。本作に関して、OTOTOYでは音楽評論家、岡村詩野によるインタヴューをここに公開する。本インタヴューのきっかけともなった、前段とも言える2019年12月に行われた『岡村詩野ライター講座』でのカネコアヤノ、ゲスト登壇時の記事もぜひ。

その伸びやかな声はハイレゾで

『よすが』収録曲から10曲を新たに弾き語りで再録

INTERVIEW : カネコアヤノ

 ピンチをチャンスに変える。カネコアヤノにとって昨2020年はまさにそんな1年だったのではないか。もちろん、コロナ以降は誰もがピンチだったわけで、ライヴができない状態が続いたアーティストたちにとっては死活問題だったりもしただろう。だが、カネコアヤノの場合、弾き語りだ、バンドだ、とあれほど積極的にやってきたステージがパタリと止まったこと自体はピンチだったが、実はもっとピンチな状態が見えないところで彼女の制作欲求に浸食していたのではないか。だからこそ、昨年は必然とも言えるまたとないリボーンのチャンスでもあった。『祝祭』『燦々』と立て続けに自己更新たるアルバムを発表し、猛烈な勢いで駆け抜けてきたカネコアヤノ。だが、このままのペースで進むときっとどこかで息切れする、そして、彼女自身表現のコアにあるものを見失ってしまうのではないか、そう案じていたリスナーのひとりとしては、実のところ少し安心もしていたのだ。一息つけただろう2020年は彼女にとってきっと追い風になるに違いないと。

 しかし、ここに届いた新作『よすが』は違う。ここには誰に構うことなく辛いなら辛いと泣き、見守っていてほしいと願うならそう懇願する、大きく笑うことこそないが、自分の表現を取り戻せた手応えには快哉!と心を開く。そして、どこまでが辛いのか、どこからが充足しているのか、その境目がわからない。笑っているのか泣いているのかさえわからないくらいに、ここでのカネコの表現は、ある意味あらゆる表情が一緒くた。でも、それがいい。それがカネコアヤノの本質なのだから。彼女にとっては泣くことも笑うことも同じだ。同じ、人としての本能的な感性にほかならない。では誰に対する感性なのだろう?

 カネコアヤノは言う。自分のためだけの感性であってほしいと。だが、同時に、誰かのための「よすが」であてほしいと殊勝な言葉もたおやかな表情で漏らす。おそらく、そこも一緒くた、同じなのだろう。自分のためも、誰かのためも同じ。だって彼女は、そうやって月並みな鋳型の中でスクエアに感情や感性が区分けされることの無意味さに真っ向から立ち向かい、そこをまっさらな状態にしてきたじゃないか。まっさらな状態にしてきたからこそ、カネコアヤノの表現は強かったじゃないか。

 林宏敏(Gt.)、本村拓磨(ゆうらん船)(Ba.)、Bob(HAPPY)(Dr.)といったお馴染みのバンド・メンバーを従え、伊豆で合宿しながら作ったという『よすが』というアルバムは、そういう意味でも彼女の原点と言える作品だし、生まれ変わった末に新たに辿り着いた、でもちょっと見慣れた懐かしいあの境地だろう。昨年のテイラー・スウィフトを思わせるフォーキーで少し肩の力が抜けたアレンジと演奏、サウンド・プロダクションからは、そんな“一緒くた”の本能が直接的には感じ取れないかもしれないが、よく聴けば気づくだろう、このアルバムでの「許す」「叱る」は、「怒る」「慰める」であり、「戦う」「喜ぶ」ということに。

 そんなカネコアヤノの生の言葉に耳を傾けてみてほしいと思う。なお、抽象表現の象徴とも言えるジャケットのアートワークは、彼女のお気に入りの黄色いワンピースの一部だそう。そこに映し出された生地の皺の影に、この1年で彼女が刻んだ柔らかな心の襞を感じとってみてもきっと面白い。

インタヴュー・文 : 岡村詩野

どういう状況でも私って音楽作れるじゃんって

──カネコさん自身は一言でこのアルバムはどういう感情が抽出されたアルバムだと思っていますか?

あんまり考えないようにしてたかもしれない。悲しいとか辛いとか、みんながそうなっちゃって私が頑張ろうよって歌ったところでうざいし。

──うざい?

うん。嘘くさいというか。頑張ろうって言いたいしその気持ちはあるんですよ。でもそれを歌ってて自分も辛くなるだろうし。こんなにゴールの見えない時って初めてだし、それに対してどんな感情を抱けばいいかわからない状態だったから、そういうのをなくしてフラットに曲作りをしようと思ってた気がしますね。

──逆に放っておいたら嘆きに向かっていった?

それに身を任せた感じがある。だって、レコーディングできていること自体はすごく嬉しかったから、音楽やれてることが嬉しい!みたいな感情がすごくあったのかも。歌えていることが嬉しい、みんなで音を合わせられることが嬉しい。

──では、少し整理をさせてください。まず、去年の今頃はどういう予定だったんですか?

3月中はツアーに回ってて、4月末に中野サンプラザ、半ばに渋谷公会堂が決まってて。この間飛んじゃったZEPPのライヴもその時点では決まってた。最初は12月にしてたんだけど、1月にずらして、それもなくなって配信にしたっていう流れですね。だから1年間のスケジュールが飛んじゃって、決まってたフェスとかもナシ。夏もあったけど全部なくなっちゃった。私は中野サンプラザがすごくやりたかったんですよ。自分は関東に暮らしているし、実家も関東だし、中野サンプラザってすごくやりたい待望の場所だった。やっと私ここまできたんだ、って。お父さんお母さんが来ても恥ずかしくない、むしろ見てもらえる!って思ってたらそれが飛んじゃったから。その時に気持ちがどっかいっちゃいましたね。

──レコーディングとか録音物の次の動きはどういう予定だったんですか?

アルバムは10月には出す予定でした。夏前にレコーディングする予定だったんだけど、全部予定がなくなった。8月にみんな暇だしレコーディングしようかとなって、いつもより長く伊豆スタに居て、アレンジから伊豆で始めて、っていう感じでいました。

──コロナになる前は、次作はどういうものにしたいと思っていましたか?

その時は、もう少し開いた、十分開いてたんだけどもっと開きたいという気持ちはあって。だし、それをやることも可能だったかもしれないって感じでした。でも、コロナでそれを無理やりやるのは嘘じゃんと思っちゃって。無理して魂を削って音楽を作る必要なくない?と思って。だって、ライヴでお客さんに聴いてもらえる状況がなくなって、次に曲を作るのはなんのためだ?となっちゃう。これを作ったところで誰が聴くんだろう、この曲がどうやって報われていくのかなと。だからその中で無理やり開いた曲を作っても自分が辛いなと。

で、色々と落ちて落ちて、ひとりでう~っとなってるなかで、今一度音楽をやっている理由を考え直そうじゃないかと。実家でひとりで音楽作ってた時のこととか、実家の自室のベッドの上とかを思い出して、あの時はお客さんがいることを考えたことなかったし誰に聴いてもらえたらって欲もなければ、こういう言葉を使ったら誰を傷つけるみたいなこともなかったから。一回その状態になれば曲が作れるかもって思って。そうしたらできた。だからどういう状況でも私って音楽作れるじゃんっていう風になってできた曲たちですね。

──実際、実家に帰ってみたんですか?

いや、一回魂を帰してみたって感じ。お母さんとかも過敏になっちゃってたから、東京に住んでるのに大丈夫?みたいな感じだから帰るわけにもいかないし……だから家でひとりで考えてました。だから、魂だけ帰した。10代の記憶を取り戻して、10代の頃なにをしてたかなって考え直したら、あのときって色々考えないで作ってたなと思って。そのときの気持ちを思い出すべきときなのかなとは思いましたね。そうしたら、明らかに当時と状況が違うことにも改めて気づいたんですね。バンド・メンバーとか周りのスタッフとか、チームがいるんだなってこととか、お客さんが今はいるし。そういうことには改めて気がつき、音楽でわかんなくなっちゃった時とかは、そもそも好きだからやってるんじゃないかって考えるようにしてたんですけど。そういう考え含めて、いろんなことが「そういうつもり」になってただけなんじゃないかなって。でも、最終的には歌うことがすごい好きだなってことには気がつきましたね。

この記事の筆者
岡村 詩野

音楽評論家/ 音楽メディア『TURN』(turntokyo.com)エグゼクティヴ・プロデューサー/ 京都精華大学非常勤講師/ オトトイの学校 内 音楽ライター講座(https://ototoy.jp/school/ )講師/ α-STATION(FM京都)『Imaginary Line』(日曜21時〜)パーソナリティ/ 『Helga Press』主宰/ Twitterアカウント ▶︎ @shino_okamura / Instagram ▶︎ shino_okamura

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[インタヴュー] カネコアヤノ

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