Binker & Moses 『Escape The Flames』
『Dark Matter』でブレイクした現在のUKジャズ・シーン屈指のドラマーのモーゼス・ボイドが、少し年上のテナーサックス奏者ビンカー・ゴールディングスとやっているプロジェクトの新作。サックスとドラムのデュオをベースにした即興演奏を行うこのプロジェクトは、個々の演奏のクオリティがそのまま作品の魅力に直結するシビアさがある。個人的に、これまでのアルバムには少し物足りなさがあったのは否めない。ただ、この最新作では2人の演奏のボキャブラリーが豊かになっていて、アルバム通して飽きさせなかった。特にサックスのビンカー・ゴールディングスはスピリチュアルジャズっぽい曲を演奏する際にも、コルトレーンとファラオ・サンダースとジョー・ヘンダーソンとアーチー・シェップのサックスのスタイルが完全に異なっていたのを思い起こさせるように、それぞれの楽曲にふさわしい奏法やスタイルでサックスを演奏をしている。とはいえ、それを器用貧乏的に感じさせないのは張りがあってまっすぐに力強いビンカー・ゴールディングのサックスの音色の魅力に負う部分も多いのかもしれない。
そんな個性があったうえで、即興一発の楽曲を飽きさせないためにブレイクを効果的に使い緩急や展開をつけたり、ドラムの即興の時間にはサックスをリズム化させてメロディとリズムの役割を入れ替えたり、一本調子にならないような構成の巧みさや息のあったコンビネーションも光っていて、こういった部分からもUKジャズ・シーンの成長がうかがえるのも楽しい。ちなみに個人的にはカリプソ・ジャズっぽい「Fete By The River」でのリズミックなサックスの絶妙ないなたさが好きです。
Jahari Massamba Unit 『Pardon My French』
マッドリブがジャズ・ドラマーでビートメイカーのカリーム・リギンスと結成した謎のプロジェクトのデビュー作。SNSに流れてきたときはスピリチュアルジャズのプロジェクトだと書いてあったので、その先入観で聴いたらもっと幅広いアフリカン・アメリカンによる様々なスタイルのジャズを取り入れたもので、もっと面白かった。
その幅の広さはカリーム・リギンスの出身地でもあるデトロイトゆかりのジャズを参照するとイメージしやすいと思う。例えば、それは〈トライブ〉レーベルを主催していたフィル・ラネリンのようなファンク × ロフト・ジャズ的な要素から、デトロイトのシーンのボス的存在のマーカス・ベルグレイヴのようなフリージャズ要素、BNLA期ドナルド・バードみたいなスペイシーなジャズ・ファンク要素から、ダグ・ハモンドみたいなコズミックな要素まで。つまりは単純にコルトレーンやファラオ・サンダースのイメージとは異なる方向性のスピリチュアルジャズになっているのはこのアルバムの特徴であり、魅力だろう。それは正にマッドリブがイエスタデイズ・ニュー・クインテットやメディスン・ショウで見せてきたものと重なっていて、マッドリブのサウンドとはとても相性が良いのが面白い。そして、デトロイトといえば、マッドリブのコラボレーターで、カリームが敬愛するJ・ディラの故郷でもある。2人の音楽性に上記のようなデトロイトのジャズ史やJ・ディラへのリスペクトが込められていると想像しながら僕は聴いていた。
言うまでもないが、このプロジェクトはヒップホップの文脈や手法で作られたものだ。ただ、このプロジェクトを接続させるとしたら、テクノのプロデューサーのカール・クレイグがテクノ方面からデトロイトのジャズ史へのオマージュをささげたデトロイト・エクスペリメントや、クレイグがその数年後に立ち上げたテクノのプロデューサーによるスピリチュアルジャズ的なアプローチのトライブ『Rebirth』あたりがふさわしいのではないかと感じている。ちなみにデトロイト・エクスペリメントもマハリ・マッサンバ・ユニットもJディラのビートに取りつかれたドラマーのカリーム・リギンスがドラムを叩いている。
Doug Carn 『Jazz is Dead 005』
エイドリアン・ヤングとATCQのアリ・シャヒード・ムハンマドがやっている“ジャズ・イズ・デッド”というプロジェクトはDJ目線でのレアグルーヴ(やブラジル音楽)のレジェンドを引っ張り出して、彼らをリーダーにしたアルバムをエイドリアンとアリのプロデュースでリリースするもの。これまでロイ・エアーズ、マルコス・ヴァ―リ、アジムス、ダグ・カーンのヴァージョンがリリースされていて、今後、ゲイリー・バーツなどが予定されている。生演奏ヒップホップ的ニュアンスもあるジャズやジャズ・ファンクの演奏とエイドリアン・ヤングらしいヴィンテージな質感のコンビネーションは、レジェンドたちのパフォーマンスが絶妙に馴染む塩梅なので、どのアルバムもとってつけたような“着せられてる感”がないのがこのジャズ・イズ・デッドのシリーズの良さだ。
本作は70年代にコルトレーンへのリスペクトにソウルやファンクのサウンドを組み合わせたようなスピリチュアルジャズで人気を博したブラック・ジャズ・レーベルの象徴で鍵盤奏者のダグ・カーンとの共演盤。ハモンドオルガン、フェンダーローズ、モーグを駆使して、演奏するダグ・カーンは演奏スタイルこそ70年代的なオールドスクールなものだが、演奏自体は驚くほど現役感があり、枯れた様子は見えない。それゆえに突如発掘されたレアグルーヴのような昔から存在したかのような自然なムードはありつつ、ビートやミックスは現在の基準にアジャストしてあり、あらゆる意味でいい塩梅に仕上がっている。レジェンドは起用された(ヒップホップ以降の再評価の)意図をそれなりに理解しつつ自分らしい演奏を自ら行い、アリとエイドリアンはその演奏を最大限に尊重しながら、現代にフィットするようにまとめあげる。相互のリスペクトがあるのが伝わってくる。
ここまでレジェンドへの理解と愛情があり、それを録音物として封じ込められる技術やセンスがある世代を超えたコラボ作品は過去を振り返ってみても以外にないはずだ。LAではコロナ前、このプロジェクトのライブイベントがかなり人気だったらしい。僕はその理由をダグ・カーン盤ではっきりと理解できた気がする。
Orquestra Afrosinfonica『Orin, a Lingua dos Anjos』
ブラジルはバイーアを拠点に活動するアフロ・ブラジル系オーケストラのオルケストラ・アフロシンフォニカは2フルート、2クラリネット、3サックス、2トランペット、2トロンボーン、1チューバとジャズやクラシックというよりは変則的な吹奏楽ともいえるような管楽器に、4人のアフロ・ブラジルのパーカッションを組み合わせ、そこに1ピアノ、2コントラバス、更に4人のコーラス隊を加えた独自の編成によるサウンドが特徴だ。このアルバムではパーカッションの音をグッと大きく、しかも前に出して、リズムを力強く聴かせている録音とミックスもあり、編成だけに止まらない個性が鳴っている。
強力なパーカッションのグルーヴを活かすようにホーンのアンサンブルは割とオーセンティック且つシンプルで、リズムが指し示す流れを時に彩り、時に強化するようなアレンジが効果的だ。そもそもヴォーカルがフィーチャーされる曲が数曲あるが、インストの曲でも曲の構成が歌もの的で、メロディに導かれるような親しみやすさがあるのもこのアルバムの魅力だ。レチエリス・レイチのオルケストラ・フンピレスのようなプログレッシブなジャズ・ビッグバンド感はないが、モアシール・サントスのアンサンブルよりは色彩感があり現代的。意外とありそうでなかった絶妙な塩梅のアフロ・ブラジル系オーケストラとして、なかなか面白い存在。