“インディーからのヌーヴェルヴァーグ”を無防備なポップスで──ジオラマラジオ、セカンドEP『txt』

現在掲載中の連載《OTOTOYの「早く時代がついて来い!」》の第1回目にも登場してくれた、len(Vo)、さかきばらみな(Vo / Key)による二人組ユニット、ジオラマラジオがセカンドEP『txt』をリリース。甘酸っぱくどこか懐かしいメロディーと、実験性と伴ったサウンドプロダクションで、新たなJ-POPの形を提唱する彼ら。現代ポップ・ミュージック・シーンへ対するカウンターとも取れる彼らの音楽はどのように作られているのか、岡村詩野によるインタヴューで解き明かす。
実験性を伴う意欲作、配信中
INTERVIEW : len(ジオラマラジオ)

ジオラマラジオのlenとはじめて会ったのは3年前のフジロックでのことだ。OTOTOY編集部の鈴木さんに紹介され、その場でデモCDをいただいた。そして、一緒に小沢健二のパフォーマンスを観に話しながら移動したのだけど、その時の印象はそのままジオラマラジオというユニットの音楽性にあてはまる。小沢健二、フジロック、次第に強まる雨……。つまりはそういういくつかのキーワードが彼らのポップ・ミュージックを“場面化”させる、というべきか。lenの書く曲は聴いていて恥ずかしくなるくらいメロディアスでポップだ。そこには1990年代のJ-POP…… それこそ当時の小沢健二やSMAPまでが持っていた、歌謡曲的大衆性とポップスとしての洒脱な佇まいとの同居がある。そして大雨や晴天が目まぐるしく訪れるフジロックの開放感、あるいはロックやポップス、ダンス・ミュージックやDJも同列に見られるフェスの博覧会的オープンさ……。ジオラマラジオ、2作目になるEP『txt』を聴いて感じたのは、やはりそうした彼ら流ポップ・ミュージックの、あまりに無防備なまでに魅力的な構造だった。前作のEP(『img』)にはayU tokiOの猪爪東風が一部の曲でストリングスアレンジで参加しているが、そういう点ではayU tokiOにも通じるものがある。
ジオラマラジオは男女二人組ユニットだが、今回は曲を書いているlenひとりにじっくりと話を聞いた。話すのはまさに「フジロック・小沢健二・大雨」以来。3年前、こうやって取材することになるとは想像もしていなかったが、こうしたマジカルでハッピーなサプライズもポップ・ミュージックの醍醐味なのではないかと思うのだ。
インタヴュー&文 : 岡村詩野
写真 : 作永裕範
J-POPと、ゴダールやフェリーニとのミッシングリンク
──今回のEPの中には歌モノというところに収束されない楽曲もありますが、むしろジオラマラジオに対しては、J-POPの良き部分をちゃんと継承した形の音楽を作る人だし、あまり時代に流されないで、自分たちがやりたいことをしっかりと持っているバンドという印象があります。ある種、青臭ささえ感じられるような……。
len : まさにそうですね。青臭さというのは、いまのぼくらが持っている本質的な部分だと思うので。バンドって成長の過程を見せていくものだし、バンドのメンバーもまだまだ青臭いので、それをそのまま表現したいというのは思っていて。
──基本的にlenさんが曲を作っているのですか?
len : はい、そうです。まず考え事をしているときに、頭の中に風景が浮かんで、それを曲というフォーマットで形にするんですよ。そこからとっかかりのメロディーを作って、それをボイスメモに溜めていって。それを聞き直したタイミングでPCを立ち上げてビートから打ち込んでいく感じです。ドラムから打ち込んでいきます。でも、PCを立ち上げる段階で、曲の完成像が頭の中で見えているというか。なので、流れとしては頭の中で1曲のメロがある程度完成してからビートを打ち込むという感じですね。

上からlen(Vo)、さかきばらみな(Vo&Key)
──まずメロディが浮かんで、そこに合ったビートを作っていくという感じですか。
len : そうですね。だから打ち込みをしながら考えるというよりは、完成形を頭の中で作ってからそれを形にする感じですね。ただ、アレンジを固めていく上では他の音楽をリファレンスとすることもあるんですけど、根幹のメロと歌詞は音楽をリファレンスにすることはあんまりなくて。むしろ、聴いた人も僕の頭の中にある風景を思い浮かべられるとしたらどういう表現をしたらいいんだろう、ということを考えるんですよね。たとえば「人と会って話して感動したこと」とか、この感情を共有できるような音楽を作りたいと思うんですよね。だから「こういう曲にしたい」というよりは「おれがいま思っているイメージと同じ感覚を味わってもらうにはどういう音像にしたらいいか」とか「桜の風景を思い浮かべてもらうにはどういう音色で、どういう言葉を使ったらいいのか」みたいなことをまず考えます。特に僕は映画が好きなので、映画を観ていてるときにイメージが湧いてくることが多くて。
──やはりゴダールとか?
len : そうです。それこそ1曲目の“彼女について私が知っている二、三の事柄”なんかはジャン=リュック・ゴダールから影響を受けていて。ヌーヴェルヴァーグの映画も大好きだし、フェデリコ・フェリーニも大好き。フェリーニの後期の映画の、夢と現実が交錯してどっちがどっちだかわからなくなってくる感じが大好きで。その辺りを音楽で表現したいなという気持ちがあって。僕は19歳くらいまでバンドをやったことなかったんですけど、高校生のときにゴダールの『気狂いピエロ』をはじめて観て。この映画を観て感じた感情や景色を音楽にしたいと思ってバンドをやりはじめたんですよ。だからその頃と変わっていないというか。このなんとも言えない感情を形にしたいというのはあって。だから「こういう曲を作りたい」というよりは、「もっとこういう表現をしたい」という感じかな。

──ゴダールにしても、フェリーニにしても、ある種抽象表現が多いじゃないですか。そして、その抽象的な表現を音楽で置き換えようとした場合、やはりどうしても抽象的になりがちだと思うんです。けれど、ジオラマラジオの場合ものすごくキャッチーでポップなものが多い。メロディの動きがハッキリしていて、歌がちゃんとある。これは自覚的なのですか?
len : メロディが湯水のように湧いてくるので、その中でキャッチーな方を選んじゃうんですよね(笑)。
──ヌーヴェルバーグの抽象表現に影響されていても、いざメロディを作ろうと思ったらついついJ-POP的キャッチーな方に行ってしまうと?
len : そうですね。
──ミスチルやゆずと比肩できうるようなメロディですもんね。そことゴダールやフェリーニとのミッシングリンクを探している感じですか?
len : そうです(笑)! メロディが良ければ、なにをやっても許されるんじゃないかと思っていて。やっぱりいろんな人に聴いてほしいし、ポップスを作ることは自分の気持ちを排しているわけではないんですよ。でも一方で、いろんなことを実験したい、遊びたい、抽象的なことをやりたいという気持ちがあって。それをポップスとして成立させたいという気持ちがあるので、自分の中では「メロディが良いこと」が絶対条件。その前提があって、他の部分で実験のエッセンスを入れていきたいという気持ちはありますね。
──「影響を受けるきっかけに抽象的なものがあってもいいじゃん、どうしてみんなやらないの?」みたいな?
len : あります。というか僕らの活動は、そこに対するインディーからのヌーヴェルヴァーグだと思っていて。
──というと?
len : インディーからのアンチテーゼを示していくことがヌーヴェルヴァーグだと思っていて。彼らは昔ながらのアメリカの映画も大好きで、でもお金をかけてスタジオで映画を撮るみたいな形骸化してしまった風潮にアンチテーゼを唱えていたと思うんです。ジオラマラジオはその感覚と近くて。いまのJ-POPにもメロディがいいものはいっぱいあるんですけど、アレンジにもうひと工夫あるといいなと思ったり。アレンジにリファレンスがあって奥行きがあった上で、メロディが良くてポップスとして成立させつつ大衆にも届く音楽を作ることは絶対にできると思っていて。
僕はメロディとかはやっぱり1990年代からの影響がすごく強いんです。特にSMAPの曲やメロディがめちゃくちゃ好きで。1995年あたりの、海外のスタジオ・ミュージシャンを集めてやっちゃうみたいな、あの時代のSMAPのアルバムはめちゃくちゃかっこよかったですよね。でも、メロディは日本の大衆音楽の文脈を取り入れたものだと思ってて。ジオラマラジオはその文脈の先にいる感じはあります。そういう意味では大衆音楽とか歌謡曲という意識はあるかもしれないですね。

──大衆音楽、歌謡曲の感覚にインディーからのカウンターとしてどうやってヒットさせるか、と。
len : そうです。たとえば2010年代以降のシティ・ポップ(の再定義)をやってた世代は僕らのちょっと上なんですよね。正直、あまり私的ではなく、肉体的でもないような印象もあったんですけど、逆にそれが美しかったと思っていて。それまでってギター・ロックの流れがあったじゃないですか。ギター・ロックってやっぱり私小説的で、内面を晒すことで表現になっていたという部分もあったと思うんです。それに対して「内面を晒すことはダサいよ」って言うカウンターとしてシティ・ポップがあったと思っていて。そのあり方はクールだったと思うんですよ。
──なるほど。シティ・ポップは私的な感情にあまり左右されない、共有できる大衆音楽である前提ですからね。じゃあ、そこで自分たちの世代は何ができるのか? という。
len : そうです。クールにクレバーにそういうことをやっているバンド達を、一個下の世代のバンドとして、僕はかっこいいなと思っていたんですよ。で、じゃあ、いまの僕らはどうなのか? って考えると、僕らはいまインディーですが、インディーからそういうポップなことをやることに意味があると思っていて。まあ、インディーと言うともしかしたら語弊があるかもしれない。アマチュアからっていう意識かな。僕らは“アマチュア”という意識がすごい強いんですよ。アマチュアっていうか…… そう、やっぱりカウンター。“惰性でやっていること”に対してのカウンターじゃないですかね。音楽自体のあり方というよりは、業界としてのあり方も、惰性の部分が結構あると思っていて。保守的だと思うんですよ。メジャーのレーベルなんかは莫大な資本が動いているからそんなにスピード感を持ってできないことは当たり前のことなんですけど、でも“とりあえずやってみる”ことが重要だと思うんです。アメリカだともっと莫大な資本が動いているにも関わらず、おもしろそうなことは柔軟に試すじゃないですか。そういうことをしないまま惰性で続いてしまっていることがたくさんあると思うんですね。それに対するカウンターですね。
僕のような天邪鬼にはいちばんいい時代

──では、今回のEPにおいて、そのアンチ惰性が現れている部分は具体的にどういうところに現れていますか?
len : 1曲目の“彼女について私が知っている二、三の事柄”では、ベースという楽器を低音を支えるだけの楽器にしたくなくて。いまっていくらでも低いサブベースが出せるし、それはシンセに任せればいいから、ベースはもっとメロディを奏でるだけの楽器として使いたかったんです。間奏で、生のベースで弾けるぎりぎりまで高い音のベースラインを入れて、下でサブベースが鳴っているという構造を作りました。これはいままでやりたいと思っていたことだったので、成功してうれしかったですね。少し前にJ-POPはローが出てないという話も話題になりましたが、いまはサブベースでいくらでも低い音を出すことができる。だけど生のベースをあえて選択して入れているのは、中域で生ベースにしか出せない美しい音を出したかったから。それが挑戦のひとつではありましたね。
あとは、曲中に入る無音ですね。ブレイクとしての無音って昔からあったと思うんですけど、そうではなくて。今回“SUPER SAD SONG”という曲で、リージョンをそのまま切るような、ぶつ切りの無音を入れてみたんです。単純に無音を入れることにハマっていたというのもありますが、今回はこの無音自体にも意味があって。SMAPの“たいせつ”という曲の中の「真実は人の住む街角にある」というフレーズが大好きで、僕もまさにそうだと思っています。音楽を聴くことって、どこか自分の中で現実を忘れさせるためのツールでもある。で、この“SUPER SAD SONG”では無音が入るところで「ラブソングが街を揺らした / 頃に映画館では本当を映したりする」と歌っているんですけど、ここで急に音が途切れるんですよ。夢が途切れる。たとえば電車に乗りながらこの曲を聴くとして、この無音の部分で聞こえる環境の音があると思うんです。
──いま話を聞いていて、去年リイシューされた『Kankyo Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』が思い浮かびました。日本の環境音楽、ニューエイジ系の作品のアーカイヴを集めたあのボックス・セットは、ただ音楽ジャンルとしての環境音楽を伝えるものではなく、あくまで都市の景色の中にある音楽、建造物や建築と一体となった音楽というものを意味しているんですね。その上で、音数の少ないスペースを立体的に表現している、そんな作品なんです。
len : その作品は聴いたことないんですけど、その感じはすごく共感できますね。スタッフにも「ラジオで流しにくいからここで無音はやめてくれ」って言われたんです(笑)。やっぱりわかりづらいと。でもここで逆にノイズを入れるとか、サンプリングした街の音を入れるのはリアルじゃないなと思ったんですよ。この部分で聞こえた音こそが真実。それがこの曲のテーマです。
あと、5曲目の“式日 - 実験”という曲は、構造へのひねくれで。今回、7曲入れて、なおかつEPという形でリリースしたかったんですよ。でもどうやら多くの配信サイトでは、6曲以上もしくは30分以上の作品はアルバムになってしまうみたいで。なんでApple Musicに決められなくちゃいけないんだって思ったんですよ(笑)。
──配信サービスによって決められた尺に従いたくなかった。
len : まあ、結果的に6曲で納めたので忖度してしまっているんですけど(笑)。でも、その構造をなんとか拡張する方法がないかなと考えていて。トラック数はEPとアルバムを判別する一要素なので、ひとつのトラックに2曲入れてしまえば実質7曲収録していてもEPってカウントされるんだ、と。これはこのEPのなかでも構造的な挑戦のひとつですね。ただ、こうしたフォーマットに関しても、選択ができるというのが大切なことだと思っていて。今回はあえて配信リリースを選択したんです。さっきのサブベースのことにも繋がってくるけど、低音はいくらでも出せる時代になったけど、あえて低音をまったく出さないという音作りの選択もおもしろいと感じる。そういう意味では、僕のような天邪鬼にはいちばんいい時代だなと思っています(笑)。選択肢はいろいろあるし、好きなタイミングで好きなように選べばいい。
だって僕は髭男もKing Gnuもめちゃめちゃかっこいいと思うので
──それは活動スタンスについても、柔軟でいたいということですか?
len : そうです。つまり、今後機会があってメジャーでやることになったとしても、それはダサいことだとは思っていないってことで。メジャーにいくことがひとつのステイタスみたいな時代もあったけど、でもそこから「東京インディー」とか「シティ・ポップ」と言われていたようなバンドが、インディペンデントでもここまでできるんだということを見せてくれたし、インディーで活動することの土壌を作ってくれたと思うんです。だったら、もうメジャーでもインディーでも好きにやれるみたいな選択肢があるのはいい時代だなと思って。そのときそのときでいちばんいい形を選択していきたいと思っていますね。
──そういう柔軟な選択の話は、前回のEP(『img』)にも関わっているayU tokiOの猪爪東風くんともよく話していて。彼はウェルメイドなものにこだわりがある人だから、いまのインディ・ロック / ポップにはない作品にトライし続けている。彼はすごくプロフェッショナルな仕事をしていると思う。
len : そうですね。うちのマネージャーが、インディの流れが一周した僕らの世代に少し上の世代の方とジョイントしたらおもしろいんじゃないかってことでayUさんにお願いすることになったんです。その一周した感じってすごくよくわかるんです。だって僕は髭男もKing Gnuもめちゃめちゃかっこいいと思うので。あいみょんも大好きだし。
──でもルーツにあるのはゴダールとかフェリーニ。半世紀くらい前の作品が持っている先鋭的な部分が、いまのlenさんの曲作りのインスピレーションになっているのは、構造的におもしろい。しかも結果、Mステなどに出てもおかしくないポップな作品になっているという。
len : まさに望んでいる形ではありますね。

──アルバムの予定はあるんですか?
len : 曲はもう作りはじめています。僕らは常にレコーディングをしていて(笑)。基本的にドラムとかを録るときとかはちゃんとしたスタジオで録っているんですけど、それ以外はエンジニアの家で作業をしていて。エンジニアともチームみたいな感じでやっているので、いくらでも時間をかけられるんですよ。一発しか使わないスネアの音色に何時間もかけるとかもしていて(笑)。でもそれはDAWさえあれば家でもできることなので、割と当たり前の感覚ではあるんですけど。なので、アルバムの曲はもう作っている段階です。年内に出したいですね。
──ところで、今日はlenさんひとりでの取材ですが、さかきばらみなさんはユニットの音楽性の中ではどういうポジションなんですか?
len : 彼女、イカれているんです(笑)。マスコットみたいな感じですよ(笑)。ちゃんと時間通り来ないし…… 破綻してますね。でも謎にモチベーションは高くておもしろいです。二人組なので、よく付き合っているのかと聞かれるんですけど、普通に付き合ってないです(笑)。みなちゃんも僕とは絶対に付き合いたく無いと思ってるはずです(笑)。
──あははは! そんなこと言って大丈夫なんですか?(笑)
len : ぜひ書いてほしい(笑)! たぶん読まないと思うので(笑)。
編集 : 鈴木雄希
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PROFILE
ジオラマラジオ

メンバー :
len (Vo.) / さかきばらみな (Vo. Key.)
サポート・メンバー :
スティーブン・ビチャルバーグ (Ba.) / Phil Kenta(Gt.)
len、さかきばらみなの二人組。2017年より現在のサポート・メンバーを交えた編成で活動開始。
2018年8月、自主制作のカセットテープ『ZOMBIE CASSETTE』をリリース。
2019年10月、初の公式作品となるファーストEP『img』(イメージ)を発表し、2020年春、早くもセカンドEP『txt』(テキスト)をリリース。
【公式HP】
http://www.dioramaradio.love/
【公式ツイッター】
https://twitter.com/dioramaradio_jp