2017/08/08 18:00

色彩をもたらす原風景の起源──haruka nakamura PIANO ENSEMBLEが築いた箱庭音楽の究極『光』

過去にはNujabesとも共作を果たし、ポストクラシカル・シーンのみならず多彩な活躍を続けるharuka nakamura。4th『音楽のある風景』(‘14)、LP+CD『CURTAIN CALL』(‘16)に続き、haruka nakamura PIANO ENSEMBLEの飽くなき挑戦の最高到達点ともいえるライヴ録音集がリリース。夕暮れを切り取ってきたこれまでのアルバムから、光そのものに焦点を当てた新作。静謐な序盤からクライマックスに向けて荘厳で壮大になっていく崇高な展開には息を呑むことだろう。そんなポストクラシカルの新たな名盤をOTOTOYでは独占ハイレゾ配信のスタートとともにレヴューをお届けする。

ポストクラシカルの新たな名盤をハイレゾ配信!

haruka nakamura PIANO ENSEMBLE / 光

【配信形態】
ALAC、FLAC、WAV(24bit/96kHz) / AAC

【配信価格】
単曲 432円(税込) / アルバム 2,700円(税込)

【収録曲】
01. nowhere
02. SIN
03. 四月の装丁
04. 音楽のある風景 (録音:2017/3/11 sonorium)
05. 光 (録音:2016/12/11 めぐろバーシモン小ホール)
06. CURTAIN CALL (録音:2016/12/23 早稲田奉仕園スコットホール)
07. 灯台 (録音:2016/6/18 福岡・博多)

haruka nakamura PIANO ENSEMBLE / NEW ALBUM 光
haruka nakamura PIANO ENSEMBLE / NEW ALBUM 光

【REVIEW】 haruka nakamura PIANO ENSEMBLE 『光』

子供の頃にharuka nakamuraが青森の田舎から毎日観ていた原風景の色彩ひとつひとつが空気ごと詰め込められた箱庭。地平線が見える海の青、カエルが田んぼを泳いだ緑、誰かに齧られて気を失っている木の実の赤、今日も閑散としている道路のグレー。夜になれば白い星が輝き、昼間の黄色い太陽は消え、真夜中には世界が半分になる。その箱庭世界を構成する起源的な要素が、このアルバム『光』である。

haruka nakamuraはこれまでソロとして、1st『grace』(‘08)、2nd『twilight』(‘10)、3rd『MELODICA』(‘13)といったアルバム3部作を制作。地元青森の夕暮れの風景を、過去・現在・未来の3つの異なる視点で描いてきた。 古き良き故郷を想起させる郷愁感と寂寥感を原風景や時間軸を用いて、ニューエイジ / アンビエントなポストクラシカルとして抽出。ソロを経て、PIANO ENSEMBLE編成に行き着いた先では4th『音楽のある風景』(‘14)、LP+CD『CURTAIN CALL』(‘16)を発表。PIANO ENSEMBLEとなってさらに、彼が音楽として放つ郷愁感と寂寥感は肥大を続けている。『音楽のある風景』リリース後の約2年半にも及ぶ長期ツアーを終え、PIANO ENSEMBLEとして幾度となく楽曲の再構築を繰り返し、最高到達点に達したなかでリリースされる本作を考察したい。

『光』。このタイトル、実に意味深である。 私たちが見ている”モノ”は、その”モノ”が吸収できなかった光の波長の色を見ている。”モノ”自体には色は存在しない。例えばイチゴが赤く見えるのは、イチゴが赤い光の波長を吸収できず反射しているからだ。つまり、私たち人間も”モノ”の1つであるとするならば、世界には色なんて存在しない。色が存在するのは”光”があるおかげなのだ。

このことから言えること、それはharuka nakamuraが築き上げてきた箱庭の世界も、それは”光”が無ければただの”闇”でしかないということである。光がなければ海も田んぼも道路も色をもてない。闇があるから光がある、とは光があるから闇という概念が生まれたことの逆説であり、それは真に闇と光がすべてをつくり上げる起源的な要素であるともいえる。故郷青森の田舎を基に、音楽から清く美しい箱庭をつくりあげたharuka nakamuraが気付いたのは、そんな根源的な世界の本質なのではないだろうか。

haruka nakamura PIANO ENSEMBLE / NEW ALBUM「光」PV2
haruka nakamura PIANO ENSEMBLE / NEW ALBUM「光」PV2

ジャケットを見ても、いままでとの違いは明らかだ。美しい夕暮れを切り取った1stから3rd。夕暮れの先、闇のなかでポッカリと浮かび上がる光を、人間の孤独や大切な人を失った苦しさを経て生まれてくる新しい幸福に喩えたとも思える4th。そこから本作では4thとは正反対に、まるで中心の”光”という文字以外がすべて光っているようなシンプルなジャケットになっている。haruka nakamura自身が原風景の色彩から”光”そのものに意識が移った結果だろう。

楽曲としては14年の4th『音楽のある風景』のライヴ再構築盤ではあるが、ジャケットも楽曲も14年リリース時とは別物となっている。もとより特徴であった荘厳で壮大な展開には静謐さが加わり、上品なサクソフォンとフルートが流麗なヴァイオリンと重なって、繊細なドラムと楽曲の主であるピアノとともに極上のアンサンブルを生み出している。そのメロディー展開はまるで”闇”に徐々に”光”が差していき、その”光”が放射して周りを照らしていくように感じさせる。14歳のまるで聖母のような歌声をもつ、うららのヴォーカルも神々しく、ヴォーカルに呼応して複雑に重なるハーモニーとダイナミックな演奏はすべてが寸分違わず丹念に折られた鶴のように美しい。

私はこのアルバムを聴いて、以前読んだ川上未映子著「すべて真夜中の恋人たち」を思い出した。この小説は、こんな一節からはじまる。

「真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。
それは、きっと、真夜中には世界が半分になるからですよと、いつか三束さんが言ったことを、わたしはこの真夜中を歩きながら思い出している。」
(中略)
「昼間のおおきな光が去って、残された半分がありったけのちからで光ってみせるから、真夜中の光はとくべつなんですよ。」
(引用元: 川上未映子著『すべて真夜中の恋人たち』講談社刊)

真夜中だから光に気付くことができる。
でも、その光は昼になってしまうと見えなくなってしまう。光るのをやめたわけでもないのに。
このアルバムからも同じことが言えるのかもしれない。
“闇”があるからこそ原風景を形作る”光”に気付ける。
『光』は、彼がつくる箱庭音楽の究極形である。

文・構成 : 高橋秀実
写真 : 吉村健(TKC)

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INFORMATION : haruka nakamura

EVENT SCHEDULE
〈haruka nakamura × 宮内優里 session TOUR〉
2017年09月23日(土)@岡山県 旧内山下小学校 〈マチノブンカサイ2017〉
2017年09月30日(土)@京都 ヴィラ鴨川
2017年10月01日(日)@名古屋聖マルコ教会

マチノブンカサイ2017公式HP

〈Folklore: AOKI, hayato と haruka nakamura〉
2017年09月02日(土)@山形文翔館公演

PROFILE : haruka nakamura

絵 : 笑建

音楽家。青森県出身。『grace』('08)、『twilight』('10)、『MELODICA』 ('13) のソロアルバム3部作を発表後、 『音楽のある風景』('14)、『CURTAIN CALL』(EP/'16)、『光』(2017年8月)の[PIANO ENSEMBLE3部作]を発表。他、Nujabes、Janis Crunch、小瀬村晶とのコラボや、坂本美雨 with CANTUS、畠山美由紀、まじ娘、Aimerのプロデュース、MV、remixを行う。また、NHKBSプレミアム「ガウディの遺言」テーマ曲、CITIZEN、SONY、BOTANIST、TOYOTAなどのCM音楽、自身の曲が原案の映画「every day」の音楽を手掛る。その他、画家・ミロコマチコ、 朗読・柴田元幸、写真家の奥山由之や中川正子らとのセッションも行う。並行し、青木隼人、内田輝との「FOLKLORE」としても活動中。

haruka nakamura公式HP
haruka nakamura公式Twitter

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[レヴュー] haruka nakamura PIANO ENSEMBLE

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