RECORDING REPORT
文&インタヴュー : 前田将博
聴こえてくる音はあまりにも生々しく、痛々しくて、優しかった
8月7日、下北沢の富士見ヶ丘教会にて、大森靖子のレコーディングが行われた。その日のうちにマスタリングまで行ったため、トータルで12時間近くの長丁場の作業となった。しかし、この日は感動の連続であった。名曲が生みだされる瞬間を目撃した。大森靖子という才能あふれるアーティストと同じ時代を生きていること、そしてこの場にいられることがうれしくてたまらなかった。
大森靖子が教会で歌う。この響きだけで、もう充分にすごいものができる予感があった。レコーディングの1週間前の7月31日、会場となる教会へ下見に行った。住宅街の一角にある、なんの変哲もない教会。庭があり、建物のまわりには草木が生い茂っている。なかに入るとゴシックな雰囲気が広がり、窓からは光が差し込む。入り口の横には家庭で使うような小さめのピアノが置いてあって、壇上には十字架がある。大森がピアノに手を置いて確かめるように音を鳴らすと、そのまま「さようなら」を少しだけ歌った。ナチュラルなリヴァーヴで増幅された大森の声が、教会のなかに響く。その声は、たまらなく深くて暖かい。この時点で、鳥肌が止まらなかった。冒頭の予感は確信に変わった。
レコーディング当日、夏の日差しが照りつける真っ昼間に集合。質素な教会にレコーディング機材が設置されていく。しばらくすると、大森が到着する。準備は着々と進んでいく。彼女が敬愛する道重さゆみのキー・ホルダーが目を引くケースからギターを取り出し、音を出す。その瞬間から、誰も声を発しなくなった。ライヴのときと変わらない緊張感。張り詰めた空気が支配する。セッティング中のスタッフ以外、みんな聴き入っている。軽く声を発しただけでも、その場を支配してしまうほどの力が、大森の歌にはある。
残念ながらレコーディング中は、我々は壁を1枚隔てた控え室から窓越しに大森を見守ることとなる。服の擦れる音さえもマイクが拾ってしまうからだ。そのため、もちろん空調機器のスイッチも切っている。控え室のなかでも、音を出さないように極力注意した。
レコーディングがはじまる。まずは、アコースティック・ギターでの演奏。壇上に立った大森が歌う。まるでライヴのように、彼女は次々に曲を演奏していった。控え室には、その音はほとんど届かない。微かに聴こえる大森の歌に、余計に集中して耳を傾けてしまう。ひとりきりで歌い続ける大森と、それを窓越しに見守る我々。なんとも不思議な光景だ。
45分ほど歌い続けたあとに一度休憩を挟み、レコーディングを再開する。しばらくして、聴き覚えのない曲が耳に飛び込んでくる。ゆったりとした流れるようなメロディが、儚げに、そして優しく歌われる。恐らく意識的に小さな声で丁寧に歌っている。なのに、この曲は壁を越えてこちら側に届いた。教会を形成する木材のひとつひとつに、その歌が共鳴して響き渡っている。心が溶かされてしまうような感覚。その感動を、隣にいた大森のスタッフの二宮氏やOTOTOYのスタッフに伝えると、みんな深く頷いて同意した。後ほど、大森本人に曲名を尋ねたところ、その場で作った曲だという答えがさらっと返ってきた。いままで彼女のライヴでその才能の片鱗を幾度となく目撃してきたが、さも当たり前のように一瞬でこんな曲を生みだしてしまうとは。曲が生まれる瞬間に立ち会えたよろこびとともに、彼女の才能の凄まじさを再認識した。
後半はピアノでの演奏。もともと教会に設置されていた楽器であるためか、音がギターよりも場に馴染んでいるように聴こえた。前回下見に来たときに弾いたフレーズをもとに作ったという「青い部屋」では、その場でアレンジを練り上げているかのように、何度も弾き直していた。この曲も、一聴して心を奪われてしまうような壮大なメロディ。ピアノのアレンジが映える、名曲だった。
結局、トータルで約3時間、20曲近くのレコーディングとなった。
さっそく、その場で録った音を聴かせてもらう。ここで、さらなる感動が待っていた。当たり前だが、先ほどまで壁越しに聴いていたものとは違い、大森が歌うその空間に立てられたマイクが拾った音が聴こえてくる。騒がしく外で鳴き続けていた蝉の声も入っていた。流れてくる大森の歌を聴いていると、視界が邪魔に感じて思わず目を閉じた。その瞬間に、目の前で歌う大森の姿が脳裏に鮮明に映し出されてしまうほどに、聴こえてくる音はあまりにも生々しく、痛々しくて、優しかった。それは、想像を超えるものだった。DSDでリリースされるということは、この音がそのままパッケージされるということだ。
当日にミックス・ダウンやマスタリングまで行うため、我々はスタジオに場所を移した。編集作業を待っているあいだに、大森に今日のレコーディングの話などをうかがった。
INTERVIEW : 大森靖子
――今日は長い時間ありがとうございました。レコーディングだけでも3時間くらいやりましたけど、クーラーも切っていたので過酷だったんじゃないですか?
大森靖子(以下、大森) : やってるときは大丈夫でしたね。終わったときに暑いなって思ったくらいで。
――普段はライヴをやったあとに、燃え尽きるような感覚になったりします?
大森 : 燃え尽きたら物販ができないですからね(笑)。全部出すっていう感覚でやるとちゃんと音を聴く余裕もなくなっちゃうから、すごい一方的なライヴになってあまりよくないと思うんです。
――今日は教会でのレコーディングでしたが、大森さんはいままでも映画館や元ストリップ小屋、銭湯など、いろんな場所でライヴをやられていますよね。そのなかで特に印象的だった場所はありますか?
大森 : ストリップ小屋は楽しかったですね。すごい田舎にあって、そこに行くのも大変でした。近くの川沿いに裸で入れるような温泉があって、おじさんとかが普通にお風呂に入ってるんです。ライヴは町の人がみんな来てくれたので、年齢層が高かったですね。ファンの人も来てくれたので、半々くらいだったんですけど。ストリップ小屋が無力無善寺くらいの大きさだから、結構ぎゅうぎゅうになりました。
――地元の人からはどんな反応がありました?
大森 : 隣にあった理髪店の人とかは、「銀座のジャズ喫茶みたいで、すごい良かったわー。行ったことないけど! 」って言ってました(笑)。その日は、とりあえず漫談みたいにいっぱいしゃべったし、楽しんでもらえたと思います。私もすごい楽しかったですね。
――そういうところを経験していると、教会で録音するって聞いてもそんなに特別な感じはしなかったですか?
大森 : 音が響くんだろうなってくらいですかね。教会っていう場所よりも、ひとりでやるってことの方が異質だったかな。誰に歌うわけでもないからライヴとも違うし。普段は、そこに誰がいるかっていうのを1番大事にしているんです。空間とか音の響きもそうなんですけど、こういう人がいてこういう顔をしてるからこうしようって感じで。
――レコーディング中は、歌いながらいろんな場所を見てるように感じたんですけど、どんなことを考えながら歌ってました?
大森 : なにも考えてないですね(笑)。これは気持ちいいとか、これは気持ちよくないとか、そのくらいのことだと思います。
感覚的にこの響きが気持ちいいか、気持ちよくないかっていう、それだけなんです。
――今日も曲目を決めずにやっていましたが、会場の雰囲気とかを考えながら演奏する曲を決めていったんですか?
大森 : 普段は雰囲気を読んでやってるけど、今日は誰も返す人がいないから、単純に自分が次に歌いたい曲をやりましたね。
――その場で作った曲(「ひかる一秒」)までやっていましたよね。あれはびっくりしました。
大森 : できてないですけどね(笑)。
――壁越しに聴いていたのでよく聴こえない曲も多かったんですけど、あの曲はメロディが自然と耳に入ってきて、すぐに惹き付けられました。もともと構想があったわけでもないんですよね。
大森 : なかったですね。その場で作りました。自分のなかではよくあるパターンの曲なんですけどね。
――歌詞もちゃんと歌っていましたよね。
大森 : あってないようなものですけどね(笑)。窓の方にぶどうがあったから「ぶどう」って入れてみたり、りんごが見えたから「りんご」とか、そういう感じです。
――他にも僕が今日はじめて聴く曲もあったんですけど、あれが一番インパクトがありました。隣にいた二宮(ユーキ / 大森靖子スタッフ)さんとも、「すごく良いよね」って話してて。
大森 : 場所に合ってる音を出しているからだと思います。音域とかも含めて。
――それは瞬時に感じとれるものなんですか?
大森 : その場で「はっ」って声を出せばわかるんですよね。感覚的にこの響きが気持ちいいか、気持ちよくないかっていう、それだけなんです。でも、歌っていても気持ちよかったですね。早く帰って作り直して、歌詞もちゃんとつけたいです。
――ピアノでやった「青い部屋」もすごく良かったんですけど、こちらは前回、下見をしたときに作ったそうですね。
大森 : ピアノのフレーズをあの場で録音して帰って、それを形にしました。
――それは、今回やろうと思って作ったんですか?
大森 : いや、なにも考えてなかったです(笑)。作ってるときはあまり深く考えていなくて、思いついたから録っておこうって感じでしたね。
――ピアノとアコギでやってみて、音の響きとかで違いはありました? 聴いてみると、ピアノの方が教会の雰囲気が強く出ている印象を受けました。
大森 : 音の広がり方を全体的にとらえたら、そうなりますね。自分のところからは、ギターの方が気持ち良かったですね。ピアノは音が大きすぎるので、音の大小がコントロールしづらいんです。
誰に届くんだろう、どういう人に届くんだろうっていう想像がつかない
――できあがった音源を聴いたときに、声が途切れる瞬間の微かな声がすごくリアルに聴こえて、鳥肌が立ちました。DSDだとそういう生々しい音もすべてそのままパッケージされるわけですけど、高音質で出すことに対してはどんな思いがありますか?
大森 : その良い音を聴くための労力を使う人は、ライヴにも来る人だと思うんですよ。ライヴに来られないような人が聴けるのはいいなって思いますけど。そういう意味では、おもしろそうだと思ってやったんですけど、あまり意味はよくわかってないですね。
――可能性のひとつとしては、ライヴになかなか行けないような場所や、海外に住んでいる人にも、大森さんのライヴの生々しさをそのまま届けることができますよね。
大森 : 家で生々しいものを聴きたいかどうかなんです。家では常になにかをしてるので、1対1じゃなくなってしまうんですよね。
――大森さんは、家で音楽をがっつり向き合って聴くことは少ない?
大森 : ハロプロくらいですかね(笑)。聴くよりも、作りたいですからね。だから、参考資料としてしか聴かないです。
――学生の頃にリスナーとして聴いてた時期もあったと思うんですけど、当時はどんなふうに聴いていましたか?
大森 : 自転車に乗ってるときとかが多いですかね。
――じゃあ、あまり集中して聴くことは少なかったんですね。でも、僕もどちらかというとそういう方が多いです。特に働くようになってからは。
大森 : なにかしながらになっちゃいますよね。だから、私の生の感じを家で聴きたい人がいるんだろうかっていう不安はあります。でも、さっきできたものを聴いたら、聴きながら寝られるじゃんって思いましたね(笑)。そんなにやかましくなかった。
――僕は逆に、これを聴いてたら絶対に寝られないと思いました(笑)。
大森 : あ、そうでしたか(笑)。
――さっきから編集中の音源が流れてますけど、そっちに意識が行ってしまいますからね。曲に入り込んでしまいます。普段の大森さんの音源でも、そういうことが多いんですけど。
大森 : でも、それはすごく言われますね。「聴きながら運転してたら、スピード違反でつかまりました」とか(笑)。危ないですね。
――あれを聴いてしまうと、逆にこの音質で聴けないのはもったいないと思ってしまいました。これを家で聴けるなら絶対にそっちの方がいいなと。僕もライヴが好きなので、あまり家で聴く音質にはこだわらないんですけどね。
大森 : あー、なるほど。前に出した音源は、いろんな音を入れて薄めたかったんですよね。自分のことを薄めて売りたいと思っていて。その方がわかりやすいし、鬱陶しくなくていいだろうって。だから自分としては、生に近いものを出すことに不安があります。
――大森さんはライヴ感をすごく大事にしてるから、余計にそう思うのかもしれないですね。
大森 : 普通の音源ですら、どう届くのかがあまりわかっていないので。ダウンロードもよくわかってないんです。やってくれるならどうぞっていう感じなので。あまりそれを求めている層もよく知らないし、誰に届くんだろう、どういう人に届くんだろうっていう想像がつかないんですよね。
――CDは直接相手に届けることもできますけど、ダウンロードだとできないですからね。でも、この音源には大森さんの素晴らしさがリアルにつまっていると思うので、僕としては良い音で聴いてほしいです。普通のバンドが高音質で出したものとも、確実に違う空気が入っていますしね。
大森 : 私としてはとりあえずがんばって録音したので、これがどうなっていくのか見たいですね。