
2012年11月21日に、倉内太と彼のクラスメイト名義で発表し、各方面から絶賛を受けた名作1stアルバム『くりかえして そうなる』発表から約1年弱、早くも2ndアルバム『刺繍』が完成。峯田和伸、前野健太などが表現した童貞感やルサンチマン的表現からの影響を、まったく別のベクトルに進めて表現した独自の世界観、小沢健二などにも通じるスタイリッシュなサウンドや、言葉のための音で構築されたバンド・サウンドは、2013年の日本音楽シーンにおいて重要な意味を持つ存在となることだろう。
倉内太 / 刺繍
【価格】
mp3 単曲 150円 / まとめ購入 1500円
【Track List】
1. 時を踊る少女 / 2. cry max / 3. 22.5 / 4. イライラキラキラ / 5. 倉庫内作業員の遊び方 / 6. 失神させたい / 7. どうしようもなく今 / 8. 愛なき世界 / 9. キッドのポエム / 10. 倉庫内作業員の休日 / 11. 女の子が笑うと嬉しい
INTERVIEW : 倉内太
ここ最近の日本人男性シンガーのなかで、群を抜いて個性的なシンガー・ソングライターだ。彼のその音楽性の比較対象に、高田渡、友部正人、ダニエル・ジョンストンやジョナサン・リッチマンなどがあげられることが多いが、それは音楽ジャンルの話以上に、そのアーティスト自体の、その人間が放つ独特の匂いが似ているからに他ならない。「倉内の放つ匂いって何だ?」これはあくまで僕の考えだが、笑いたいのにうまく笑えない、泣きたいのにうまく泣けないといった、ほとんどの人が気にしないで行っている感情表現をうまくできないことへの戸惑い、不安だ。
初めて会った今回の取材。一緒に取材場所に向かうとき、顔は知っているけれど初めて話す同級生のように、少しはにかみながら僕の名前を呼んでくれた。その表情は、少年と青年の境にいるようで、とても儚く見えた。マージー・ビートなど60年代イギリス音楽の影響も多分に感じる本作について、本作のリリース元であるレーベルDECKREC主催のネモト・ド・ショボーレとともに話を聴いた。金曜日の23時過ぎということもあり、浮かれた若者たちの声が聞こえるなか、本インタヴューは静かに時間をかけて行われた。
インタビュー & 文 : 西澤裕郎
働く=生きる
——ぼくは、倉内さんの楽曲のなかでも、倉庫員作業員の視点から歌われる「倉庫内作業員シリーズ」が好きなんですけど、これまでにどういう仕事をされてきたのか教えてもらえますか。
倉内太(以下、倉内) : 何カ所かでやっていたんですけど、ネジのピッキングとか、車の部品を扱うライン作業とか、流れてくるクロワッサンを斜めにするみたいな地味な作業が多かったです。そのころは、倉庫内作業で得られる特有のアドレナリン物質に、作曲活動でもすごく影響を受けましたね。
——ぼくも製本工場で働いていたことがあるのでわかるんですけど、単純作業をやっているときって頭の中で妄想することくらいしか楽しみがないというか、ちょっと気が狂いそうになるときがあるんですよね。
倉内 : トリップしますよね。すごく不思議なんですよね。
——その単純作業中に、倉内さんはなにを考えていたんですか。
倉内 : 曲のこととか。あと、働いているほとんどが男の人だから、女の子が少しでもいると、ものすごくかわいくみえてきて、運命の人みたいに思えてくるんですよ。
——(笑)。
倉内 : 12時間くらい働くから、その間に「愛してるわー」とか思ったり、その人がちょっとでも男の人と話していると「こいつ全然おもしろくないやつだな」と思って大嫌いになったり。頭の中で恋がはじまって終わるっていう。そういうのも倉庫内作業員から得た経験ですね。
——毎日12時間とか苦痛じゃなかったですか。
倉内 : しんどかったからこそトリップして、なんとか時間を稼いでいましたね。
——「倉庫内作業員の休日」では、苦しみと同時に充実感も歌詞に表してますね。
倉内 : 正直、仕事しないで家にずっといると、なにもできなくなっちゃうんですよね。だから、働く=生きるみたいな感じですかね。
——家にいると、曲もできなくなるってことですか。
倉内 : できなくなりますね。そういうときに、人と接することが大事だなって思うんです。曲のなかにある「一人がいいけどやっぱり僕人と話したいんだ」っていうのはそういうことですね。
——倉内さんはいま29歳ですよね。10代で経験したことよりも、20代で経験したことが曲にも反映されるようになってきたんじゃないですか。
倉内 : 20代になってからも、ぼくは本当にしょうもなくて。ころころ仕事をかえていたし、やばそうなものに興味があって、頭の中が気持ちよくなる方法をずっと試していました。そこでみつけたのが倉庫内作業員で、薬とかなくても気持ちよくなれることがわかって…。

——倉庫内作業で得られる気持ちよさと、薬的なもので得られる気持ちよさは、別のものなんですか?
倉内 : いや、同じです(笑)。おんなじところにいける。
——それはどういう感覚なんでしょう。
倉内 : なんでしょうね。ぐつぐつ頭のなかで料理をしていて、ぽんっと手応えのある感覚が得られるんですよね。ふわっとした物語だったり、世界観だったり、ただ1行の言葉だったりするんですけど。それがあると、人生が楽しいですね。
——それは、倉庫内作業のような限定された場所だからこそ生まれてくるんでしょうか。
倉内 : うーん。今までの経験だと、ちょっとイヤなことをやっているほうが、数時間でも助かりたいから、頭のなかで逃げ場を探している感じがして。それが曲になるって感じがしますね。
信じているものがないと生きている感じがしない
——なるほど。本作で一番訊きたいこと訊いていいですか? アルバム最終曲の「女の子が笑うと嬉しい」のことなんですけど…。男の子の心理として、それ以外なにもないんじゃないかって強く共感して。
倉内 : (笑)。そうなんですよね。この曲を作っているときは、1曲1曲結論を出したいと思っていたんですよね。つねに変わり続けるんですけど、そのときのぼくの結論は「女の子が笑うと嬉しい」でしたね。
——なぜそれを歌おうと思ったんですか。
倉内 : あー。どうなんですかね。… 本屋さんで働いている女の子の友だちがいるんですけど、立ち読みしている女の人の背景に忍び寄る男性がいるって話を聞いたんです。そしたら、この間「その男の人がつかまったよ」っていうメールがきて、ああつかまっちゃったかって。
——その人は女の子の背後でなにをしていたんでしょう。
倉内 : 髪の毛のにおいとかをかいでいたんでしょうね。
——(笑)。歌詞のなかにも、そういう描写がありますよね。「そんなことしちゃだめだ」という気持ちと、「そういう気持ちもわからんでもない」という思いのどちらもあると。
倉内 : いや、めちゃめちゃわかります。
一同 : 爆笑

——倉内さんの笑顔がすごい(笑)。
ネモト・ド・ショボーレ(以下、ネモト) : ほんと境界線の問題だもんね。自分が越えるか越えないかの。
——ぼくも本屋で働いていたことがあるんですけど、女の子のお客さんの背中に精液がついている事件があって。結局その犯人も捕まったんですけど、スポイトに自分の精液を入れて背後から放出していたらしいんですよ。
倉内 : えー!! … でもわかりますよ。
ネモト : やるかやらないかで。
倉内 : そういう気持ちは溢れています。
——それって、女の子に対する憧れみたいなものからくる行動なんでしょうかね。
倉内 : 恋と性欲って絶対に関係ありますよね。その人は本屋で実践しちゃうからつかまっちゃうけど、ぼくはギリギリ我慢していて、それを曲にしたら女の子がわーっていってくれる。ありえない差ができている(笑)。
——(笑)。もとにあるものは同じなのにね。
ネモト : よかったですね。そっちにいかなくて。
倉内 : 音楽をやっているからギリギリ助かっているようなもので…、
——そういう気持ちを音楽にすることで、性欲みたいなものは解消されるんですか。
倉内 : … 解消はされないですけど、他のところが満たされる感じはしますね。頭のなかの歌を聴いたり作ったりする部分の充実があると。
ネモト : あと、育ちもあると思うよ。家が敬虔なキリスト教で、そういう教えの影響もあるんじゃない。
——ちなみに、その宗派では女性に対する接し方はどういうものなんでしょう。
倉内 : 結婚するまでたいがいなことはだめで、オナニーもダメなんです。
——でも倉内さんは隠れてAVを見ていたらしいですよね。本当は超NGなことじゃないですか。タブーを犯すことの罪悪感はありましたか。
倉内 : めちゃめちゃ罪悪感はありますね。それがまたいいんです。
——厳しい締め付けがあるからこそ、それを破る快楽みたいなものに憧れると。
倉内 : そうですね。不道徳そうなものへの憧れはありますね。
ネモト : いまだに強いよね
倉内 : 生まれてからしばらくは、いまとくらべるとすごく夢の世界みたいな感じでした。永遠の命を本当に信じていたし。
——いまはどうなんですか。
倉内 : 微妙ですね。絶妙です。いい教えでもあるから。
——生まれたときに信じていた教えと、自分の経験のハイブリッドみたいな感じなんですね。
倉内 : 一番最初にすごく信じているものがあったから、ずっと信じているものがないと生きている感じがしないかもしれないですね。
——じゃあ、いま一番信じているものって何ですか。
倉内 : … 音楽ですかね。音楽をやって、歌ったりするっていうこと。
ネモト : そもそも音楽自体やってはいけないっていう教えだったんだよね。ロックもポップ・ミュージックも一切だめで、賛美歌などの教会音楽以外聴いちゃいけないっていう。
——かなりストイックな宗派なんですね。その宗派の教えは根本的にはどういうものなんですか。
倉内 : その教えで一番大きいのが、いまが楽しければいいっていうのはすごくダメなんですよ。いまどんなに迫害されても、死んだあとの世界があるから、そのときのためにいまを耐えしのぶんだっていう。だから、いま楽しんでいる人はハルマゲドンのとき思い知るだろうっていう。
ネモト : そんななかで、ロックを教えてくれたのは、教会にきている不良信者みたいな人で、そのおじさんがビートルズを聴かせてくれたんだよね。そのおじさんにバンドをやろうって言われて、ビートルズのコピーバンドにギターで参加して。だから、ビートルズを本当に不良の音楽として受け取ったんですよ。

——倉内さんにとって、ビートルズは本当に不良の音楽だったんだ。
倉内 : 悪でしたね。
——あははは。悪な音楽を自分でやったときはどういう気持ちでしたか。
倉内 : … 気持ちよかったです。
——さすがにタブーを犯していることは、他人には言えないですよね。カミングアウトしたいと思わなかったですか。
倉内 : いや、言う人がいなかったです。あと、破りながらも罪悪感はあるから、夜は聖書を読んだりしていました。
——マイナスポイントを取り返すみたいな感じで(笑)。曲を自分で書き始めたのはいつくらいのことなんですか。
倉内 : ギターを始めたころから、カセットに吹き込んだり適当にはやっていましたけど、小学校6年生くらいのときに担任の先生から、シンセサイザーで曲を作ったから歌詞を書いてくれっていわれて作ったりしました。そのときは自分の中で長渕剛がブームだったのでパクっていたんですけど。
ネモト : CHAGE and ASKAと長渕ね。
——ビートルズが悪だったら、長渕も悪の音楽なんですか?
倉内 : 邪悪でしたね(笑)。
——あははははは。
倉内 : チャゲはサングラスかけているし。
ネモト : (笑)。その当時、TSUTAYAでロック100選とかを借りて聴いていたんだよね。ザ・フーとか。全然よくわからないんだけど、無理矢理いいと思いこむような感じで。
——わからないものを繰り返し聴いて刷り込ませていくっていうのは、どこかトリップ感に似ているのかもしれないですね。
倉内 : 最初に借りたのは『トミー』なんですけど、あのアルバム、変ですからね。同じフレーズが違う曲に出てきたり。
作曲は、自分が助かるための手段
——今回のアルバムだと「時を踊る少女」は、映画の主題歌ということもあって、別のアプローチから作ったんじゃないかと思うんですけど。
倉内 : 作り方としては、シナリオを読ませてもらって、睡眠と睡眠じゃない間の奇妙な時間に作ったんです。
——間っていうのはどういう感覚なんですか?
倉内 : 起きっぱなしで、眠ろうとして、ちょっと眠れたようで眠れてない。どっちだ? みたいな状態で、それはしんどいけど気持ちよくて。シナリオを読みながらだったから、歌詞がどどどどって出てきて。
——そういう状況をあえて作ったんですか。
倉内 : いや、眠れない時期でしたね。

——その歌詞が浮かんでくる瞬間って、どういう感じなんですか。
倉内 : 夢だか、夢じゃない現実のどこかにいて、わからないうちに覚えた言葉がでてくるっていう感じですかね。それを忘れないように書いておくというか。
——それは最近のことですか。
倉内 : そのときは夏でしたね。できたときすごく嬉しくて、歌いたくなって近くの公園にギターをもっていったんですよね。そこで弾いていて虫に食われて家に逃げて帰ったのを覚えています(笑)。
——そうして生まれた倉内さんの楽曲を、ネモトさんと一緒にアレンジしたりしていくわけですよね。
倉内 : そこはアイデアのやりとりをして、レコーディングをしながら、このギターをいれてとか、いたずらをしたりはします。
ネモト : 変に完成度を高くしないっていうのは2人で意識していて、なにか欠けている感じというか、ドラムは入れないとか、手拍子だけでリズムを成立させようとか不安定な感じは意識しました。隙間を作りたいんだよね。普通にドラム、ベース、ギターみたいにはしたくなくて。
——ネモトさんから見て、倉内さんは気持ち的な部分に波があると思いますか。
ネモト : めちゃめちゃありますね。今日はいい感じですけど、テンションが高くないときには高くないときのよさがあるんですよ。落ちているときのよさみたいな。そのときにしか出せない倉内太がある。
——この11曲は、それぞれが入っているんでしょうか。
ネモト : このなかには両方あって、ネイティブギターでやっているときはテンションが高めの状態のとき=精神的に安定しているときで、ソロのほとんどは一番ひどかったときです。
——ひどいときってどういう状態なんでしょう
倉内 : 寝れなくなって、具合が悪くなって、外に出たくなくなって…。ほんとうは人に会いたいんだけど…。
——そういうときにも曲は作りつづけているんですね。
倉内 : そうですね。
ネモト : そういうときにしか作れない曲ってあると思うんですね。だから曲自体はそろっていたんですよ。録音の時期がなかなかあわなかったということで。
——なぜ、本作のタイトルに『刺繍』という名前をつけたんでしょう。
倉内 : 調子よくない時期のイメージが、刺繍っぽかったんですよね。心臓みたいなところに何かを縫い込まれて、ずっととれないような感じがあって。それが一番手応えあるイメージだったので、刺繍にしました。
——そういった縫い込まれた感じはいまもあるんですか。
倉内 : はい、多分とれないかなって。
——それがあるからこそ創作を続けている部分もあるんでしょうか。
倉内 : あると思います。創作しないと無理ですからね、生きていくのが。
——創作することで別の部分が満たされたりすると。
倉内 : そういうことでしか本当に充実したことがないんです。
——曲を作らないといられない。いわゆる中毒みたいな部分もあるんでしょうか。
倉内 : 中毒っていうよりは、自分が助かるための手段ですかね。いまのところ、(曲をつくることは)自分が助かるのが第一優先なんです。
LIVE INFORMATION
2013年6月15日(土)@南池袋ミュージック・オルグ
2013年6月13日(木)@ヴィレッジヴァンガード渋谷宇田川店
2013年6月20日(木)@渋谷HOME
2013年6月23日(日)下北沢インディーファンクラブ
2013年6月27日(木)@下北沢 風知空知
2013年7月7日(日)@下北沢ラグーナ
2013年7月14日(日)@ディスクユニオン下北沢店
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PROFILE
倉内太
1983年埼玉県に生まれる。小学校五年生の時にアコースティックギターを始め、地元でビートルズのコピー・パンドに参加。リズムギターを担当する。日本のフォークを好み、高田渡、友部正人、遠藤賢司、三上寛、早川義夫、野狐禅などをフェイバリットに挙げている。好む洋楽は、Jonathan Richman、Daniel Johnston、Billy Bragg、Rancidとしている。