最初からプロフェッショナルとしての認識をお客さんに持たせてない(虎岩)
森 : 例えば一般の会社なんかでいうと経営理念とかで、こういうことを世の中に提供したいとか、明確なビジョンがあると思うんです。その辺が音楽業界は他より欠落してると思いますか?
虎岩 : 要はどうやってやるか(How?)より、何故やるか(Why?)を大事にしているかどうかだと思うんです。売れるじゃなくて、何をしたいかがあった上でだし、それには金も時間もかかるわけです。そこのストーリー・ラインがまず自分の中で明確じゃなければ人には伝わらない。僕らのところのスタート・アップ・セミナーで、ミュージシャンを集めてやるときはみんなに書いてもらうんですけど、良い音楽っていう言葉を、ものすごく安っぽくみんな使っている。あなたの音楽が良くないって言っているんじゃないですけど、みんな同じこと言ってるわけだから響かない。あなたにとっての良い物ってなんなのかっていうのを突き詰めて考えたら、独自のストーリーって出来るじゃないですか。みんなそれがあるんだけど、結局表現する力っていうのがみんな足りないと思うんです。
森 : そうですね。そこを理解せずに漠然と「良い音楽をやる」ことが正義で、「売れようとしてる」ことが悪みたいな、ちょっと単純すぎる二択の構図がミュージシャンの中では特にあるのかもしれないですね。
虎岩 : 極端な話、ミュージシャン自身が金の話をしない、それで食ってる人達は金の話しかしないという二極化って、CDが売れてた時期は分担作業が出来ていたんです。貯金通帳をマネージャーが持っていて、アーティストは右も左もわからなくてコンサート会場に連れて行かれてガーッとやって、ホテル帰って寝て、次行って、みたいなことが出来ていたけど、今はもうそのライン引きっていうのはないと思っていた方がいいんじゃないですかね。それは売れてる売れてないとかは関係ないと思います。
森 : そうでしょうね。まだ個々の認識の違いなんでしょうけど、確かに誤解されやすいところがあって。僕が感動したものを多くの方に伝えようって思った時に、全国でCDをリリースする必要があったりとか、全国のツアー回る必要があったりとかするのは、全部目的のためのツールなんです。そのがんがんやってるっていう行為が、売れたいという不純な動機なんじゃないかっていうふうに思われたりしますよね。
虎岩 : 分かります。ミュージシャンというかアートをやっている人間って、両面持っているわけです。音楽で例えて言うと、こっちからお金を払ってでもやりたい場面ってあるじゃないですか。その気持ちは持ち続けていなきゃいけないと思うんです。だけど、現代社会に生きてく以上、家賃を払わなきゃっていう現実があって。僕、あるすごいことに気づいた時期があって。イギリスの音楽大学に通っていたとき、プロフェッショナルとは? 等テーマについて話をしてくれた教授がいたんです。立食パーティーに呼ばれた自分の姿を想像しろって言われて。たまたま同じテーブルなった人達の中に、歯医者さんがいて大工さんがいて、ミュージシャンのお前がいると。みんなお酒飲んで話して、お互いに何してる人なのかを聞くじゃないですか。その時に初めて歯医者さんと大工さんだって知って、歯医者さんに向かって、「今虫歯が痛いんで来週の土曜日うちに来てちょっと歯を見てもらえませんか、昼飯を奢るんで」、大工さんには「ちょうど屋根が漏ってるんで、同じ時に昼飯に来てくれればあれなんで屋根を直して下さい」って言いますか? って問われたんですよ。… 言いませんよね? ものすごいKYな感じしません? その話って。なぜ言わないかってわかります?
森 : なぜですか?
虎岩 : パーティー会場でそれを言う自分が、どうしようもなく社会的な認識のない大人だって思われるからなんですよ。そこにも理由があって、それは歯医者さん側の問題でなく、大工さん側の問題でもない。僕が、歯医者さんも大工さんもプロフェッショナルって認識してるからなんです。歯医者さんは、趣味で歯を治すことをしない。大工さんだって同じです。だからこそ、僕の方から昼飯奢るから歯治せとは言わないし、誰も言わないんです。それをミュージシャンに置き換えてみてください。僕がミュージシャンって言ったら、「おお来て来て、今度パーティーやるから、ビール奢るから演奏してよ」とかって言われるじゃないですか。それは僕らのせいなんです。僕ら自身が最初からプロフェッショナルとしての認識をお客さんに持たせてないからなんです。「俺歯治すの大好きだからさ」って言って治す人がいっぱいいたら、歯医者さんも同じ立場になってます。大工さんだって、「俺屋根直すの三度の飯より好き」ってやつが沢山いたら同じです。
森 : おっしゃる通りですね。
虎岩 : ただでやるやつがいればいるほど、こいつらはそっか、結局パーティーに来てタダで演奏してくれるんだねっていうことになっちゃうと思うんです。僕はお金を払ってでもやりたいって思うことがありますし、実際にやるんです。その話聞いてぱっと目覚めたんです。俺はやっぱり金を払ってでもやりたい、タダでもやりたいわって。この人と演奏するって大事なんだなって気持ちを失ってまで、音楽で食いたいとは思わないことに気づいたんですよ。あとは、それをどうやって両立させるのかなって思ったんですよね。それで僕は分けたんです。仕事の自分とそうじゃない自分とを。
森 : なるほど。
虎岩 : その話を20代前半で聞いたのはすごいラッキーでした。自分達で食えなくしてるだけじゃんみたいな。そのあとアメリカに行って、実際にその歴史を知ったわけです。それこそ僕らの知ってるポピュラー・ミュージックって、要するにアメリカに黒人が奴隷として強制連行されなかったら生まれなかったわけで。歴史上の最初の黒人アーティストって、ぼったくられ方がもう尋常じゃないわけです。その歴史があるから、ミュージシャン自身が戦うわけです。ストライキをやったりとか。いろんな意味でこれはタダじゃないんだっていうことを、当然雇い主にもそうだけど、音楽のファンの人達にも分からせるために。今でもアメリカで、それは脈々と続いていますよ。雇い主と物を作ってる側の立場がイコールになるようなことを、アメリカみたいな若い国でも100年かけてやってるわけです。「いやもう俺はただじゃ弾かないから」って言うミュージシャンが一人出てきた時からスタートだと思うんです。それが日本で当たり前になるのは、僕らの世代では無理かもしれない。だからといって、僕らに完全にお手上げかって言うとそうではなくて、今の高校生とか中学生の子達が気づけばいいだけの話だと思うし。
森 : そうですね。
虎岩 : 歯医者さんと大工さんの話はもう20数年前の話ですけど、僕は絶対に忘れないですね。
森 : 僕にも衝撃的な話でした。
虎岩 : 最後になりますが… 実は「アリとキリギリス」の話が大好きで(笑)。キリギリスは音楽ばかりやっている怠け者で、最終的には餓死してしまうという話ですけど、実際には社会にはキリギリスはキリギリスの役割があると思うんですよね。もしかしたら、働き蟻は仕事をしながらキリギリスの奏でる音楽を聴いていたかもしれない(笑)。それによってリラックスして仕事がはかどったのかもしれない。一方的じゃない見方をすれば、そう捉えることもできるんです。アリとキリギリスが互いにリスペクトしながら、お互いの強みを生かして共存していく。そんなアーティスティックな社会構造を実現して、今元気の無い日本全体を引っ張っていけるだけのエネルギーを、音楽産業は潜在的に持っていると思うんです。今日は色々と偉そうな事を言いましたが向かっているところはみんな一緒だという事は確信しています。これからも残響塾が「オープンなハブ」として少しでもその基盤づくりの役割を担えたらなと思っています。
kilk recordsの連続企画「kilk records session」公開中!
kilk records session vol.1 野心の可能性
kilk records session vol.2 歌姫達の女子会
kilk records session vol.3 クロスオーバーの可能性
kilk records session vol.4 2012年レーベル座談会 レーベルの野心
kilk records session vol.5 2012年レーベル座談会 未来への野心
kilk records session vol.6 CDショップ座談会
kilk records session vol.7 ライヴ・ハウス座談会
kilk records session vol.8 Deep Moat Festival座談会
kilk records session vol.9 オーガナイザー座談会
kilk records session final レーベル・メイト座談会
PROFILE
kilk records(森大地)
2010年、Aureoleの森大地により設立。「精神に溶け込む、人生を変えてしまうほどの音楽との出会い」。kilk recordsはそういった体験を皆様にお届けすることを第一に考えております。オルタナティブ・ロック、ポスト・ロック、エレクトロニカ、テクノ、サイケデリック、プログレッシブ、フォーク、アヴァンギャルド、アンビエント、ヒップ・ホップ、ブレイクコア、インダストリアル、ジャズ、クラシカル、民族音楽... 。魂を震わせるような音楽であれば、ジャンルは一切問いません。kilk recordsが最もこだわりたい点は「独創性」です。信じられないほどの感動や興奮は「独創性」から生まれるように思えます。これから多数の作品をリリースしていきます。末永くkilk recordsにお付き合いくだされば幸いです。
残響(虎岩正樹)
高校時代はバンドにのめり込み、4年間のフリーター・バンドマン時代を経て、イギリスのリーズ音楽大学へ留学。卒業後は単身渡米、カリフォルニアにあるMI Hollywood GITへ留学。卒業後は同校のギター・インストラクターに。後にインディペンデント・アーティストを育てるプログラムを同校で立ちあげ学科長に就任。アメリカで数多くの若手アーティストのキャリア育成に関わってきた。在英、在米中は自身も音楽活動も積極的に行い、数多くのライヴ、レコーディングに参加。帰国後、2010年までMI Japanの校長を務める。同校でもインディペンデント・アーティストのコンセプトを広めてきた。2010年10月に河野氏とアップルストアのイベントで出会い、残響の音楽に対する理念に共感し、「音楽を通して自主性の大事さを若い世代に伝えられたら」との思いで残響塾を開塾した。自身のバンドSpace Bulldozerも地道に活動中。今年はソフトバンクアカデミア社外生枠になぜか合格してしまい四苦八苦中(笑)。